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2010年2月4日掲載

アーティスト・アイズ vol.4 ウィリアム・ケントリッジ―歩きながら歴史を考える そしてドローイングは動き始めた……』

南アフリカという地域の問題を超え、より広く深いところへと私たちの思考を誘発する作品群。ケントリッジの独特の制作手法、そしてアイデンティティと内的な葛藤を解析しながら、その芸術性に迫る。

(文 黒川芳朱)

たった1枚の紙の中で動く、物や人

《流浪のフェリックス》のためのドローイング

《流浪のフェリックス》のためのドローイング
[フェリックスの部屋/望遠鏡を覗くナンディ]
1994年 木炭、パステル、紙
作家蔵 (C) the artist

《鉱山/私のもの》(スチール)

《鉱山/私のもの》(スチール)
1991年 アニメーション、5分50秒
作家蔵 (C) the artist

とびきりユニークなアニメーションを見ました。眼が離せません。何がユニークかって、その作り方がユニークです。
竹橋の東京国立近代美術館で開催されている『ウィリアム・ケントリッジ―歩きながら歴史を考える』展でのことです。この展覧会は日本で初の本格的なケントリッジ展と謳(うた)うだけあり、ドローイングや影絵をコマ撮りした映像作品、版画、絵画、鏡を使った立体視のインスタレーションなど、様々なスタイルの代表作を見ることができます。複数の映像作品を組み合わせたインスタレーションもあります。一般観覧料850円。映像作品をすべて見て、絵もじっくり愉しむと2時間強、そう考えると安いもんですね。時間に余裕を持って出かけるのがオススメです。

さて、問題のアニメーションですが、『プロジェクションのための9つのドローイング』というシリーズです。ふつうアニメーションは、ちょっとずつずれた絵を何枚も描いてコマ撮りし、動きの幻影を作ります。でも、ケントリッジの作り方は違います。1枚の紙に木炭とパステルで絵を描いてコマ撮りします。そして、その中の動くものだけを消して、少しずらして次の絵を描きます。コマ撮りしてはまた消し、描き、コマ撮りし、消し、描きを繰り返します。こうして、1枚の絵の中で物や人が動いていきます。
彼のアニメーションを見ると、目の前で絵を描いたり消したりしているのを見ているように感じます。次に絵がどう動くのか、どう消えるのか、どきどきわくわくしながら見つめてしまいます。消した後に前の絵がうっすらと残り、移動した物や人の軌跡が画面に刻印されます。

イメージと物語が生まれては消える瞬間

《スペクトロメーター(分光計)》

《スペクトロメーター(分光計)》
2000年 版画
作家蔵 (C) the artist

ケントリッジは、あらかじめストーリーを考えずに1枚の白い紙に向かうそうです。描いていくうちにいろいろイメージやアイデアが浮かび、物語ができてくるというのです。内から出るイメージと対話しながら描いていくのですね。そして、1枚描き終わるとまた新しい紙に向かい、次のシーンを描き出す。こうしてできたいくつかのシーンを編集し、後からシーンを描き足すなどして1本の映画にします。だからでしょう、彼の映画を見て私は、物語の再現を眺めているのではなく、イメージと物語が生まれては消える瞬間に立ち会い、その現場を目撃しているように感じました。初源的な感覚です。

暴動や爆弾テロのシーン

《ユビュ、真実を暴露する:第1幕 第2場》

《ユビュ、真実を暴露する:第1幕 第2場》
1996-97年 版画
作家蔵 (C) the artist

ウィリアム・ケントリッジは、1955年生まれの南アフリカの現代美術家で、この『プロジェクションのための9つのドローイング』という作品は1989年から2003年にかけて制作されました。この時期は、後期アパルトヘイトからアパルトヘイト撤廃をはさみ、民主的な総選挙(1994年)による新しい国家としての再出発という南アフリカの激動期でした。
ケントリッジの作品には、鉱山での労働や大衆のデモなど、南アフリカの近・現代史を思わせる出来事が描かれます。けれども、歴史の直接的な記述や、政治的主張を想像すると肩透かしを食います。このシリーズのうちの1点『ステレオスコープ』には、暴動や爆弾テロのシーンがありますが、このシーンについて図録の中でケントリッジ本人はこう述べています。
「市内の混沌は個人の不安や内なる葛藤を示すものであり、外部で起きた出来事を客観的に描写しようとしたものではない」。
社会的な事件であっても内面化されたものであり、また逆にいうと内的イメージがシュルレアリスム的な夢想の表現だけではなく、社会的な事件の形をとって表れるところが特徴的です。

南アフリカ共和国、白人というアイデンティティ

《俺は俺ではない、あの馬も俺のではない》より

《俺は俺ではない、あの馬も俺のではない》より
《同志鼻陛下》(スチール)
2008年 8つの断片映像による映像インスタレーション
京都国立近代美術館蔵 (C) the artist

ウィリアム・ケントリッジは白人です。アパルトヘイト当時の南アフリカでは人種差別をしている側です。そのことに気づくとどうなるでしょう。特権を享受しながら心の中で矛盾を感じつつ生きるか、果敢に体制を批判するか。この二つの態度の間にいくつかの選択肢があるかもしれませんが、いずれにせよ歴史に無自覚ではいられなくなり、アイデンティティの分裂を生きることになります。この分裂を掘り下げていくと、一方に入植者としての家族の歴史があり、もう一方ではヨーロッパの植民地主義に行き当たります。 ケントリッジ作品は複雑さと重層性を帯び、南アフリカという限定された地域の問題を超え、より広く深いところへと私たちの思考を誘発します。

ケントリッジは、絵を描いたり映像を作ったりしながら、意識と無意識、偶然と必然、記憶と想像をぶつけ、思考するプロセスを生きています。私は、作品を見ながら、彼の「歩きながら歴史を考える」プロセスを追体験したように感じました。

ウィリアム・ケントリッジは、私たちと同時代を生きているアーティストです。

黒川芳朱 アヴァンギャルド映像作家


ウィリアム・ケントリッジ

ウィリアム・ケントリッジ
Photo by John Hodgkiss

招待券プレゼント

『ウィリアム・ケントリッジ―歩きながら歴史を考える そしてドローイングは動き始めた……』展の招待券を3組(6名様)にプレゼントいたします。
応募期間:2010年2月7日(日)まで
詳しくはこちら >>

『ウィリアム・ケントリッジ―歩きながら歴史を考える
そしてドローイングは動き始めた……』展

東京国立近代美術館
2010年1月2日(土)〜2月14日(日)
休館日:月曜日(1月11日は開館)、1月12日(火)
アクセス:東京メトロ東西線 竹橋駅 1b出口
お問合せ:03-5777-8600(ハローダイヤル)
http://www.momat.go.jp


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