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2010年3月25日掲載

アーティスト・アイズ vol.5 荒戸源次郎監督作品 映画『人間失格』小説から映画へ、道化からイノセントへ

(文 黒川芳朱)

「あらすじ」のおさらい

映画化不可能といわれた小説『人間失格』が映画化されました。映画と小説の戦い、私はスポーツの観戦にでも行くような気持で、1800円を払い映画館に入りました。

今さらという感もありますが、小説『人間失格』のあらすじをおさらいしておきましょう。裕福な家庭に生まれ自意識が異常に発達した主人公大庭葉蔵は、人間を恐れ、人としての自分に自信が持てず、しかしながら他者の愛情を求め、子どもの頃から道化として生きることを選択します。仮面を被り、人を笑わせ、人に好かれるように行動するのです。美しく繊細で孤独の影がある彼の魅力に多くの人々、特に女性は魅了されます。しかし彼は癒されることなく、アルコールや薬に溺れ、女性との心中や自殺未遂を繰り返します。彼は転落し、精神病院に入院し、自分自身に人間失格の烙印を押します。

一人称の強力な魔力

『人間失格』が映画化不可能といわれたのはなぜでしょうか。
ひとつは一人称の告白として書かれていること、もうひとつは「道化」が主要なテーマであることです。つまり、外見と心の中のギャップを主人公が延々と語る構成になっているのです。それに対して、映画は登場人物の行動とセリフでドラマを作ります。登場人物の心の中を直接は描かず、外見でドラマを描くのです。内面の表現と外面の表現。そう考えると、『人間失格』の映画化は、恐ろしく深い問題を孕んでいることに気づきます。

一人称で書かれていることで、小説『人間失格』は強力な魔力を発します。周囲とうまくなじめず、自分の感情を抑え演技を強いられているような意識は、多くの人が持ちます。特に思春期には。そんなときに、「自分は…」「自分には…」と語りかけられると、読者は主人公に自分自身を重ね、もう一方で太宰を重ね、自己と葉蔵と太宰が一体化します。

では、映画で一人称の表現は不可能でしょうか。すぐに思いつく方法としては、主人公の胸のうちを主人公の声でナレーションとしてかぶせる、いわゆる「心の声」があります。

しかし、この映画にナレーションは一切使われていません。主人公の心情を語る言葉を排し、外見とせりふだけで『人間失格』を描いています。映画として独立した作品として成立させようという、荒戸源次郎監督の強い意志を感じます。

孤独を描く「映画の構造」

小説の中に、少年の葉蔵が中学校の体操の授業のとき、わざと鉄棒に失敗して転び、笑いをとるエピソードがあります。道化が成功しズボンの砂を払っている葉蔵に、竹一という「白痴に似た生徒」が背後から近づき、「ワザ、ワザ」といいます。彼にだけは道化が見破られていたことを知り、葉蔵は震撼とします。そして、葉蔵は竹一を手なずけるため涙ぐましい努力をし、ある日家に連れて行きます。

このエピソードが、映画ではかなり変わっていました。鉄棒が跳び箱になっていたのはともかく、重要なのは以下の点です。竹一は「ワザ、ワザ」といった後、「ワザとやったんだんべ」といいます。また、小説では葉蔵が竹一を家に連れて行くのですが、映画では、葉蔵が家に帰ると、知らぬ間に竹一が部屋に上がりこんでいて、「葉蔵の親友って喋ったら、いい菓子っこくれた」といいます。

つまり、小説では葉蔵の側から仕掛けた関係が、映画では竹一が葉蔵の世界に侵入してくる関係になっているのです。実はこの構造は、映画全体を通じていえます。映画の葉蔵は、まわりに働きかけることはあまりなく、まわりの人間が葉蔵の世界に入り込んできます。葉蔵はそれを飲み込み、さらに孤独を深めていきます。

小説から独立した映画

荒戸源次郎監督

『人間失格』の映画化に関して、荒戸源次郎監督は芝山幹郎氏との対談で「葉蔵を徹底してイノセントな存在として描いていけば、やりようはあるかなと考えたんです」(『キネマ旬報』2010年3月上旬号)と語っています。なるほど、道化という自意識のドラマからイノセントへというわけですね。主演の生田斗真は見事にイノセントな葉蔵を演じました。無表情でもなければ、内面のどろどろを表現するでもなく、繊細に軽やかに。彼から眼を離せません。そして彼のまわりを固める、伊勢谷友介、寺島しのぶ、石原さとみ、小池栄子、坂井真紀、森田剛、石橋蓮司、室井滋、大楠道代、三田佳子といった豪華な俳優陣の描き出す人間模様がくっきりと浮かび上がってきます。そこに、時事的な時代の表現と幻想的なイメージが融合され、小説から独立した美しく骨太な映画『人間失格』となっています。こくのある味わいに、私は3回見てしまいました。

小説から映画へ、道化からイノセントへ、『人間失格』がどう変貌したかは、ぜひご自分の眼で確かめてみてください。映画を見て原作を読み返すと、また違った味がします。

黒川芳朱 アヴァンギャルド映像作家

『人間失格』
2月20日(土)
角川シネマ新宿他全国ロードショー
© 2010「人間失格」製作委員会
配給:角川映画
公式サイト http://www.ns-movie.jp/


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