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  3. vol.2 阿部櫻子さん 『インド櫻子ひとり旅 芸術の大地』(木犀社)

2009年10月8日掲載

阿部櫻子さん 『インド櫻子ひとり旅 芸術の大地』(木犀社)

クリシュナとラーダー copyright ミティラー美術館

20代の日本人女性・櫻子さんが、インドの大地をゆく。そこで出会った様々な人びと、民衆的な美の世界、種族・階級それぞれの生活習俗。私たちの想像のおよばない濃厚な文化、光と闇が際だつ奥深い世界があった。

「村のインドこそ、本当のインド」、櫻子さんはそう考える。都市から、地方の県へ。鉄道とバスを乗り継いで、内陸の奥深く先住民が暮らす村々へ。大地の匂いを求めて、旅を続けた。
階層ごとに異なる価値観や生活様式、先住民女性の肌に花開く入れ墨、連綿と育まれてきた民俗画や素朴な土人形、放浪の芸人・職人たち――インドは、地に根を張る人々の鼓動が聞こえる国だった。
『インド櫻子ひとり旅 芸術の大地』について、著者に聞いた。

(インタビュー・構成/田邊道彦)

吉祥寺のカレー屋でインドに目覚める

阿部櫻子さん1992年、23歳のとき、櫻子さんは初めてインドに渡った。行き先を自分で決めて出かける最初の国だった。
「パワーとエネルギーのある国です。地の底から、沸々と力が湧き出ている。名づけがたい磁石のような力、何ものも手離さない強さがある」

櫻子さんは現在、時間に追われながら映像番組制作の仕事をしている。
「地表には建物がどんどんつくられ、人も次々と入ってくる。表層の上にあるものは変化してゆく。それでも、変わらないもの、時間を超えたものは何かと考える姿勢、これをインド滞在経験から学びました。時間を超えて流れるものに触れていると感じるとき、自分は大丈夫なんです」
櫻子さんは、20歳を過ぎたころ、東京・吉祥寺にあるカレー屋でアルバイトを始めた。
「民族音楽が流れていました。この店で、大都会とはちがう世界を、ぼんやりと意識するようになりました。スパイスの香りのたちこめる厨房で働いていた女性が、ヒンディー語の教室に通っていたのです」
アラブ世界やインドへのあこがれが、兆す。この先輩の助言に従い、櫻子さんは語学学校に入り、ヒンディー語を学ぶ決意を固めた。それが、インドに向かう旅の入口だった。

死んでも、入れ墨だけはあの世まで付いてきてくれる

サルグジャの入れ墨触覚がはたらく。見えないエネルギーに引かれて、櫻子さんは村をめざす。
インド中部、マディヤ・プラデーシュ州。バイガという先住民の住む集落を訪ねた。村の女性たちはみな、額、首、胸、腕、背中、太もも、足と、身体じゅうにびっしりと入れ墨(ゴードナー)をしている。入れ墨は、女性だけの習俗だ。7、8歳ごろから彫り始める。
「入れ墨は、成人儀礼のひとつ。結婚する前に、幼い身体を『脱皮』させるのです。嫁入り道具でもあるのです」
閻魔(えんま)様に相当するのが、ヤマ神。死者を杵(きね)で突いて罰すると信じられている。バイガの女性たちは、「死んでからも、入れ墨だけはあの世で自分に付いてきてくれる。入れ墨が彫ってあると、ヤマ神が触れることはない。罰を受けることがない」と考えている。つまり、魂の伴侶なのだ。
櫻子さんは、入れ墨は、「女性たちを救済する護符」、「あの世と現世を貫く命の柱」だという。
額の真ん中に入れた「チュールハー(かまどの意)」は、もう一つの眼のように見える。「魚の骨」「牛の眼」「鎖」「堰(せき)」「火打石」などの文様も彫られる。「手の甲や喉元(のどもと)に入れ墨を彫っておくと、あの世で母親に会える」と信じている人もいる。