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  3. vol.5 中村安希さん 『インパラの朝』(集英社)

2010年4月7日掲載

中村安希さん 『インパラの朝』(集英社)

―私が見た世界はほんの一面にすぎないけれど、こんな感じですよ。
26歳の女性バックパッカーの過酷で、そして至福に満ちた旅。
さまざまな人々との触れあい、多面的な価値観と遭遇してきたなかで彼女が見出したものとは―。“ほんの一面”かもしれないが、47カ国を巡った旅人が教えてくれるものは、紛れもない多様性と新奇に富んだ世界の姿だ。(photo ©Aki Nakamura 無断転用を禁じます)

旅日記だと思い読み始めたら違和感があった。貧乏であることを誇らない、笑いも危険も求めていない、自己陶酔していない。中国では壁を這うゴキブリをただ眺め、チベットでは子どもに小銭をたかられてもかまわず座り、マレーシアの賭博詐欺の現場ではスリルを楽しむでもなく喋り倒して平然と立ち去る。途中、「この人は旅を楽しんでいるんだろうか」と心配になった。

事実を淡々と重ねる文章に、静かな描写が加わり、論理的な分析も出てくる。笑顔を返すかと思えばタンカを切り、下痢に悩まされ続けても出された料理は完食する。頑なな女性なんだろうか。表紙を飾る著者の写真だってクールだ。 そうして中村安希さんに会った。会ってみて、自分の目でちゃんと見るということはやっぱり大事だと実感した。「あの写真、友達には"ウソついちゃったでしょ"って言われるんですよ」と朗らかに笑う中村さん。自然体の、魅力的な人だった。

(取材・文 長尾弥生 撮影/山ア真一)

表現者なら旅をして世界を見なさい

中村安希さん(©konohoshi 無断転用を禁じます)

中村さんが旅をしようと決めたのは、アメリカの大学で舞台芸術を学んでいたときのことだ。前衛アートが盛んでマイノリティも多く受け入れる大学だった。政治や社会問題に敏感で、そうしたものを取り入れて表現するからこそ芸術家の存在価値があると教わった。

「芸術家や表現者はお米も作らないし、車も作らない、社会で一番生産性のない人たちだと思っていました。無の中に無を生んでいるような存在。こんなことをしてていいのか、もっとお金を稼ぐ努力をするべきじゃないかと悩んだこともあります。そんなとき、人は太古の昔から歌を歌い、絵を描き、儀式をやってきた、と教わったんです。食べ物がなくて餓死していた時代から、なんで人はそんなことをしなきゃいけなかったのか。もし表現者になるなら、そうした芸術の社会的意義を理解しておくべきだろうと気づかされて・・・。先生は、そのためにもっと世界を見なさい、旅に出なさいと言うんですね。そうか、なるほどと。当時はお金も時間もなかったけれど、卒業してお金を貯めたらいつか絶対に世界を見ようと思っていました」

"積極的に"じっとする。すると周りが動いてくる

中国の列車(©Aki Nakamura 無断転用を禁じます)

中国の列車にて(©Aki Nakamura)

世界を歩き、自分の知らないことを自分の目で見て吸収したい。その手段として、中村さんは"バックパッカー"を選んだ。お金をかけないかわりに時間をかけて多くの国を巡る。それは表現者としていずれ何かを生み出すための"修行"にふさわしい旅のかたちだった。

45リットルのリュックには、3日分の着替え、洗面用具に薬、シーツとビニールシートのほか、ビデオカメラとカセットテープも詰め込んだ。日本語と英語のブログを発信するためにノートパソコンも入れた。撮影だってブログだって将来の創作活動への投資だ。

「ブログで自分の中からいろいろ吐き出していくというプロセスも、違う言語で書くというのも非常におもしろい"トレーニング"でした。日本人に読んでもらうための文章と、海外の人に読んでもらうための文章は違う。たとえば、日本人向けには安心して書けるセンシティブな話題が、バックグラウンドの違う人たちを対象に英語で書くときはこんなにも言葉を選ばなくちゃいけないのかってね」

ブログは、日を決めて電気がつく限り集中して書いた。アップするためにネットカフェを探し、なければ街を移動する。週に3〜4本と自分で課したノルマはなかなか苦しいものだった。その取り組みは、バックパッカーという"フレーム"を使った年中無休のハードな仕事でもあった。

旅の間ずっと考えていたのは、どうやったら自分のためになる旅ができるかということだ。動きまわればいいのか、1箇所にずっといるべきなのか、話しかければいいのか、人の話を聞くべきなのか、強い自分でいる方がいいのか、弱さを見せた方がいいのか。

「旅を続けるうちにわかってきたのは、あんまりバタバタしないということ。じっくり構えていると向こうからいろんなものがやってくるんです。ただなんにもしないんじゃなくて、"積極的に"じっとする(笑)。たとえば、人の集まる市場やカフェに長居して、そこにいる人と適当に会話をして、次の日も次の日も顔見せると、"あなた毎日来るわね、ちょっとうちに寄りなさいよ"って自然な流れがやってくるんです」

食事をごちそうになり、何日も泊めてもらい、去っていった恋人の話を聞かされ、宝石ビジネスをもちかけられ…。著書「インパラの朝」には、ジタバタしないことを学んだ中村さんと、街々で出会った普通の人たちとの飾らないやりとりが描かれている。

悪いことが起きたら、今度はもっといいことが待っている

帽子にサングラス、長袖に長ズボン、ミッキーマウスのネックウォーマーを目元まで上げ胸元まで下げての万全の旅装束。大気汚染や砂塵、日焼け、マラリアなどから身を守るための出で立ちで辺境へと赴いた。時には女性であることを悟られないよう、肩で風を切るヤクザ歩きもし、声も変えた。付けヒゲは汗でずり落ちてしまうので断念した。

中村さんは旅に慎重だった。バックパッカーは自分の身は自分で守るのが鉄則だ。危険は回避する。事前の情報収集はもちろんのこと、状況を察知する感性も、いざというときの知恵と勇気と体力もなければいけない。

「対策はちゃんとやっていたので、暴力もなかったし、お金も盗られなかった。2年間ほとんど無傷でした。ジンバブエ以外は・・・」

ジンバブエの市場(©Aki Nakamura 無断転用を禁じます)

ジンバブエの市場(©Aki Nakamura)

ジンバブエでは激しいインフレのせいで、手持ちの円の価値が数千倍にふくれあがった。散財してもおつりがくる。つい気がゆるみ、夜間、無防備に通りを歩いていたら強盗に襲われた。一発顔面を殴られたものの、幸い荷物もお金も無事だった。旅の間、これが唯一遭遇した事件だった。その一方で、日常といえばトラブルの連続だった。

「行きたい国があるけどチケットがなかなか取れなくて、ようやく見つけて確保したと喜んだ途端、停電になりデータが一瞬で消えちゃう。そりゃあ、もう悔しくて。でも、そんなことばかりでした。だんだんわかってきたのは、悪いことが起きると、つぎは絶対いいことがあるということ。チケットだって、翌日もっと安いのが見つかるとかね。それからは悪いことが起きると"シメシメ"ですよ(笑)。逆に体調を崩したりして精神的にダウンすると、いいことでも悪くとらえてしまうネガティブ・スパイラルが起きる。気持ちの持ちようが世界の見え方に大きく影響するんだってわかりました。だから、旅の後半は何が起きてもずっと"ラッキー、ラッキー"です(笑)」