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  3. vol.5 中村安希さん 『インパラの朝』(集英社)

自分に刷り込まれてきたことは正しかったのか

中村安希さん(©konohoshi 無断転用を禁じます)

いろいろな文化に触れ、人に出会う旅。続けるうちに、訪れる前まで信じていたことと訪れた地で体験したことの間にはさまざまなギャップがあることを知った。その一つに結婚観がある。パキスタンで出会った青年は、「家族が探してくれた女性と結婚を機に知り合い、愛し合い、子どもをもうけ、幸せな家庭をつくるんだ」と話してくれた。自由恋愛はよくて、お見合い結婚はよくない。そんな世の"常識"に倣っていたが、お見合い結婚しかできない彼らは、不幸どころか伝統をしっかり受け入れてちゃんと幸せを見出している。

保守的で男尊女卑と思われがちなイスラム社会でも、ひとたび家のドアを開ければ中を仕切っているのはもちろん女性だった。内職している人も多く経済活動は活発で、保守的だから生産性がないというのは誤解だった。気づいてみれば、私たちはこうした偏った見方を知らず知らずのうちに刷り込まれている。

「日本は欧米を追いかけるという歴史を辿ってきました。ものの考え方も文化も欧米的であれば、よしとされてきました。そこで主流を占めるキリスト教のフィルターを通して何十年もの間ずっと世界を見続けてきたわけです。イスラム世界というものが、どうしてもネガティブに映ってしまうことになりますよね」

パキスタンにて(©Aki Nakamura 無断転用を禁じます)

パキスタンにて(©Aki Nakamura)

そして欧米は"古くて保守的な"国々を解体し、民主主義を取り入れてリベラルにしようと促している。日本はそれを真面目に受け入れたという過去があるが、世界にはそうじゃない国がたくさんある。

「本当に大きなお世話です。そこに暮らす人たちが幸せで、元気ならいいじゃないですか」
各地の人々と一対一で向き合ってみて、中村さんが強く感じたことだ。

中村さんが旅した中で一番心に残った国はパキスタンだ。テロリストという偏見の目で見られがちなこの国の人たちは、人の良さでは圧倒的だった。

世界にはいろいろな面がある。だからさまざまな角度から見るのがいい

ケニアにて(©Aki Nakamura 無断転用を禁じます)

ケニアにて(©Aki Nakamura)

これまで報道されてきたことは真実だが、すべてではなかった。途上国の貧困にしても、現場ではそれほど暗く、重く捉えられていないこともたくさんあった。自分が何に着目するかによって見えてくるものも違った。

「世界にはいろいろな面がある。それを実感するようになって、"偏る"ということがいかに怖いかが見えてきました。イスラム教にもキリスト教にも、原理主義者という非常に偏った考えの人たちがいる。全体からみればほんの一部である彼らの存在が世界を不安定に危険にしています。私たちの受け取る情報だって、知らず知らずのうちに偏ったり、それによって誤って脅威を感じてしまうこともある。だから、まず"私が見た世界はほんの一面にすぎないけれどこんな感じですよ"ということを伝えたかったんです。情報を受け取る側にいる人たちは、いろんな情報を得、さまざまな角度から世界をとらえたらいい。知らない間に身についた偏りがあれば、少しずつ修正してバランスを取り戻していったらいいなって」

著書は、女性読者からの反響も大きい。「男のロマンじゃないからサクサク読めた」という声がうれしかった。旅のロマンでも武勇伝でもない、 "バックパッキングジャーナリズム"。バックパッカーが「こうあるべき」というフレームに収まらず、もっと自由にものをとらえて正直に伝えたら、新たな世界をもっと知らせることができるんじゃないか、と中村さんは考える。

2年間の旅を終えて日本に帰ってきたとき、「お風呂に入れて、ごはんもおいしい。人も親切できめ細かくて本当にきちんとしている」と幸せをかみしめた。

しかし、落ち着いてみると、まだまだ偏った報道があることに違和感を覚える。世界は一面では括れなくて、いろんな面がある。その大切な事実を多くの人に伝えるために取り組んだのが、開高健ノンフィクション賞への応募だった。見事受賞し、それが著書「インパラの朝」になった。

「今は"ノンフィクション作家"という肩書きですけど、本当は何をやってもいいんです(笑)。旅ももちろん続けていますし、脚本も書いてみたい。ジャンルを決めつけずに表現していきたいです」

旅は、表現者にとって"コア"になる大事なものを見つけるための挑戦だった。この先、中村さんはどんな作品を生み出すのだろう。とても楽しみにしている。

(取材・文 長尾弥生 撮影/山ア真一)


中村 安希(なかむら・あき)

1979年京都府生まれ、三重県育ち。カリフォルニア大学アーバイン校、舞台芸術学部卒業。2006年ユーラシア・アフリカ大陸へ旅行。各地の生活に根ざした“小さな声”を集めて47カ国をめぐる。
国内外にて写真展、講演会をする傍ら、世界各地の生活、食糧、衛生状況を取材中。
ブログ 安希のレポート http://asiapacific.blog79.fc2.com/

インパラの朝 ユーラシア・アフリカ大陸684日

中村 安希 (著)
集英社、2009年11月刊行、1,575円(税込)
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