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言葉の風
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「束芋-断面の世代」を観た

モノというモノ、
形象という形象をえぐり、潰し、引っこ抜き、
切断する。
それから無造作に(この無造作かげんがキモ!)
ふさぎ、あるいは盛りつけ、突き立て、
結合する。
作品は、ヒエロニムス・ボスの王道をつっぱしる。
無秩序な世界が金太郎飴のようにつまっている。
無秩序ではいられない創造力が
21世紀の日本を中心素材にめくるめく。
横浜美術館で開催中の「束芋-断面の世代」を観てきた。
面白かったかというと、たまらなく面白かった。
ふだんみることができない、だれかの「現代」という断面を
具象としてみることができたからだが、
ここにおぞましくとも、共感するものがなければ、
ただの"だれかの世界"になってしまう。
その「断面」は、もちろん内面世界などを表現しない。
内面など存在しないというのが、まっさきにやってくるメッセージだ。
表現されるのは、いじり、いじりつづけられるモノ、形象。
えぐり、潰し、切りとるだけでは、前近代的だ。
スキャニングして、人間という非空洞や団地という集合住宅をも
暴き立てようとする。
この団地をあたかもスキャニングしたような不思議なアニメーションの
エンディングで、椅子、テーブル、風呂、冷蔵庫、畳、電気スタンドなどなど、
部屋に抱えられたモノたちが、
すべて虚空の闇のなかに落ちて消えていく。
とても気持ちのいいシーンだった。
ちょっとしたカタルシスを感じることができた。
また、全裸の男がスキャンされながら消失していく作品もあったが、
それもなぜか、心地よい。
形象がいっさいなくなっていく、それこそ、
この展覧会でいちばん饒舌な場面だったような気がする。

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