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言葉の風
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まどみちおさん、100歳のちから

まどみちお。存在はしていても、
じつはこの世のどこにもいない、
紙のうえにだけあらわれる詩人ではなかろうか。
そんなイメージをもっていた。
『まどみちお全詩集』は、数年前から欲している本だ。
高い本ではないが、いまだ手元にはきていない。
録画していたNHKスペシャル『ふしぎがり~まど・みちお 100歳の詩~』をみた。
今年の1月に放映されていた番組だ。
100歳をむかえた、まどさんは、
東京都下の巨大遊園地近くの病院で暮らしていた。
ウィリアム・S・バロウズに似た風貌と相まって、
もっていたイメージがはじけた。
車いす生活だが、個室をもち、
机にむかって、まどさんは元気に詩作をつづけている。
くちをひらけば、ことばがひとうひとつ輝きを放って
それがどんどん詩になっていく。
会話ということも行為とみれば、
まさに、言行一致。
まどさんの詩と寸分も違わない。
推敲前の生の詩を聞くようだ。
病院の庭で土から木に登るアリをながめながら、
その落ち着きのない黒い虫けらを
一粒の涙のようなちいさな生きもの、と表現し、
食卓に乗った畳鰯を見れば、人間とは残酷なもんですよとつぶやかせる。
61歳の息子を病気で失ったときには、
なにもできない自分を責めて、亡き息子にあやまりつづける。
まどさんのたましいは一体どこからやってきたのだろう。
「仁に過ぎれば弱くなる」
優しすぎる者は世間では生きられない。
そんな意味と解釈している。
世渡り上手の詩人などは、
空を飛ぶへびのようにいてほしくない存在だが、
詩人とは、本質的に世間では生き難い生きものだ。
100歳を越えて生きる、まどさん、
強いか、弱いかではなく、
だれよりもこころが豊かであることが、
世間ではなく、
世界を生き抜くちからではないかと感じた。

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