ウェブマガジン「この惑星(このほし)」 > 星ぼしブログ > 言葉の風

言葉の風
100215.jpg

森のなかの白い背中

氷雨ふる闇のなかにぼんやりとした白いものが浮かぶ。
葉を落とした木々が身を寄せ合った森の一隅、
コサギが帰る枝がある。
巣らしきものもなく、1羽、日が落ちるとやってきて、
日が昇るまえに飛び立っていく。
谷間にあるその位置を5階の窓から見ると、
コサギの背中を見下ろすかたちになる。
去年の4月、夜の暗がりに初めてその姿をみつけたときは、
それがなんなのかわからず、
白い大きな髪が枝に乗っているようで不気味だった。
あたりまえのことだが、
コサギは、人間のようにものを考えはしないだろう。
考える能力があれば、こんな冷たい雨にじっと打たれているはずはない。
雨をしのぐなんらかの方法をとるか、模索しているに違いない。
寒いとは感じているのだろうが、がまんするだけ。
あるいは寒くて寒くてたまらないが、
それが、いやだなあ、とは思っていないのかもしれない。
もしかしたら、この「いやだなあ」という強い思いが募って、
それを回避するために、人間という生きものに、
「思考」という回路が生まれたかもしれない。
ふと、そんなことが頭をよぎった。
どうも「考える」ということには、
危険や不快、恐怖、悲しみ、苦しみ、失敗という
ネガティブな面と表裏一体の機能性をもつような気がしてならない。
「思考」は、あらゆるネガティブなものからの回避のために起動する。
つまり、思考が起動するということは、あらゆるネガティブな状況を
俯瞰したり、洞察したりすることなのだ。
ポジティブシンキングという言葉は、
いいか悪いかではなくて、正しい表現ではないのでは・・・。
ハッピーなことは、考えるのではなくて、想像すべきことなのだろう。
たぶん、ハッピーを考えはじめると、
ハッピーではない道へと辿ることにもなりかねない。

カテゴリ:

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://konohoshi.jp/mt/mt-tb.cgi/188

コメントする