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言葉の風
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『鎌鼬(かまいたち)』 細江英公

細江英公『鎌鼬』の普及版が去年11月に刊行された。
舞踏家、土方巽を撮った写真集である。
そのニュースで細江英公という写真家を知った。
ネットで図書館に予約をしたら、
1969年に500部限定で出版された原本が貸し出された。
縦30.4、横37.5、厚さ3.5㎝の大型本で、
持っていたリュックに入りきれず、
やむなく、裸のまま手で抱えて家路に着いた。
鎌鼬ならぬ、異様な生きもの皮に似た生地のくるみに
通りすぎる人たちの視線がそそがれた。
こちらも魑魅魍魎でもつかまえたように、
なにやらわくわくしてくるのだった。
2005年に青幻舎が出した復刻版がいま古書扱いで12万円ほどだ。
原本がどれだけの価格かはわからない、また関心もないが、
これほど暴力的な本と接することはあまりない。
ソファに腰かけ、足を組み、
コーヒーでも飲みながらページをめくる。
そんな悠長な姿勢では取りかかれない。
畳の部屋へ行き、この『鎌鼬』をそっとおき、
立て膝つき、息を殺して、
真夏の青空色をした折りの紙をめくって
白黒の映像へと突入していく。
ぼんやりしていたら、なにも得ることは出来ない。
文字と映像がただ重量感のある造本のなかに沈みこんでいくだけだ。
この暴力的な本とつきあうためには、
こちらも力を奮わねばならない。
序文、瀧口修造の圧倒的な言語。
一文、一文が完成された塑像、彫刻のようだ。
中盤に観音開きのページがある。
めくれば、紙幅1メートルにわたって漆黒の明朝体で書かれた、
三好豊一郎の詩が綴られる。
さて、舞踏家、土方巽の映像、
異形の存在であるはずなのだが、
みればみるほど異形ではない。
都市のなかでも、村落のなかでも異形ではない。
土方巽以外に映し出された人と風景があまりにも鮮やかであり、
その鮮やかさのなかに、変貌してしまった、
あるいは不変の世界の異質性がにじみ出て、
その手応えのほうが強い。
土方巽の異形は平和そのものに思えた。
しかし、この本が、無機的になっていく、
均質化されていく世界を穿つべくあらわれた、
暴力的なまでに迫力をもつことに変わりない。
造本は、田中一光。

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