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言葉の風
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日比谷公会堂 N響のひびき

「うーん、響かないねえ」
「やっぱりねえ・・・」
クラシック通らしい恰幅のいい紳士と初老の紳士がささやき合う。
ベートーヴェン、『ロマンス』第1番、第2番の演奏が終了し、
休憩に入ったときの一コマ。
狭いホワイエは往年のクラシックファンでごったがえしている。
「洋楽の殿堂」といわれた日比谷公会堂にはじめて入った。
この夜は、開設80周年記念事業の一環となるコンサートで、
NHK交響楽団、指揮は尾高忠明、
ベートーヴェン『ロマンス』のヴァイオリンソロを前橋汀子が務めた。
かつて、ルービンシュタインが弾き、
カラヤンが振った会場だが、西洋音楽だけでなく、
たしか、美空ひばりや坂本九など、昭和を代表するエンタテイナーたちも
ここでリサイタルをひらいたと記憶している。
日比谷という位置と昭和という時間をほぼ包含した歴史ゆえか、
ずっと心にかかっていた、あこがれの場所でもあった。
階段を上り、バルコニーのようなエントランスへ、
歴史のなかに自分も加わるようで、なんとなく晴れがましい気分だ。
会場のなかに一歩足を踏み入れば、古い建物独特の雰囲気に包まれる。
ありがたいのは照明の弱さだ。
うすい闇を溶かしたような空気感に心落ち着く。
2000人収容の客席は、ほぼ満席。年配者が圧倒的に多い。
席はC12番、ステージむかって左側、前から3列目。
バイオリニストたちの足裏を見上げるような位置だ。
これほど近くで演奏者をみるのは、中野サンプラザでの
エルビス・コステロとブロドスキー・カルテットのライブ以来のこと。
「2部」開始の前、尾高忠明と井上道義のトークでも、
ぼろくそにいわれた日比谷公会堂の音環境。
しかし、ここ3列目では、ひとつひとつの楽器の音が
生きもののように立ち上がり、合奏は海波のごとくなだれ込んできた。
天井下に銀河のような音の空間を感じた。
場所の特典もあって、シロウトにとっては充分に楽しめるものだった。
残念だったのは前橋汀子のソロだけ。
演奏の合間々々に、ものすごい形相で会場を睨みつけていた。
持ち直すかと期待したが、最後まできびしい演奏となった。
じつは、この日の公演プログラムは、
いまから66年前の1944年3月15日、16日に行われたプログラムと同じなそうだ。
当時の指揮者は、尾高尚忠、この日の指揮者、尾高忠明の父である。
戦争の真っ只中、それも空襲が始まりだした時に、
西洋音楽の演奏会がひらかれたことは意外だった。
さすがに同盟国の音楽家ベートーヴェンと、
当時、相互不可侵条約を結んでいたロシア(旧ソ連)出身の
チャイコフスキーの楽曲が選ばれている。
このプログラムの上演からちょうど1年後、東京は大空襲に遭い、
市民、10万人以上が焼夷弾により無差別に虐殺された。
公演を楽しんだ人のなかにも、あるいは犠牲者がいたかもしれない。
そんなことも頭に浮かんだりする。
この夜、最後に演奏されたチャイコフスキーの作品は『交響曲第5番』。
N響自体、日比谷公会堂で演奏するのはじつに30数年ぶりという。
これも歴史の一コマだ。
会場の環境と折り合いをつけながら、淡々と演奏に集中するNHK交響楽団。
これまでテレビでしか鑑賞したことがなかったが、この楽団、
間近で味わい、好きになってしまった。
そして、楽曲最大の聞きどころでもある、
第2楽章のホルン・ソロの完璧さ、すばらしさに
陶然とさせられた。
終演後、指揮者がホルン奏者を讃えた。
ステージの奥から、にゅっと立ち上がった奏者の顔、
めったにみられないような晴れがましいものだった。
気持ちのいい春の宵となった。

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