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言葉の風
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マノエル・ド・オリヴェイラ『コロンブス 永遠の海』

始まった。
ああ、あの映像だ。
2004年に観た『永遠の語らい』と同じだ・・・。
独特のくすんだ映像。目が覚めるような世界観とは遠い。
夢幻の物語がこれから紡ぎ出されるのだろう。
『コロンブス 永遠の海』、
今回の作品についての予備知識はない。
この日は東京での最終上映日。
いったいなにが起こるのだろう。
75分というごく限られた時間のなかで、
この監督ならば、"永遠"という惹句もあながち嘘ではない、
忘れがたい瞬間のシークエンスを送ってくれるだろう。
前々作『永遠の語らい』は、初めて観たオリヴェイラ監督の作品だつた。
ジョン・マルコヴィッチが豪華客船の船長役で登場し、
歴史学者役のカトリーヌ・ドヌーヴたちと
ディナーの席で繰り広げた会話シーンがあった。
ドラマチックでも何でもない場面なのだが、
そこには紛れもなく、うつくしい人間たちが存在していた。
テーブルひとつ囲ませるだけで、これだけうつくしい世界を表出させる。
まさに魔術的なカットだった。
記憶に刻まれた深い至福の溝が、この日、
『コロンブス 永遠の海』へと駆けつけさせたのだ。
けれど、"ネムイ"映像美の洗礼がつづくと、早くも前列の人の頭が踊りだした。
しかも2人同時に。ストーリーらしいストーリーもない。
海や空の青は驚くほど色あせている。
1946年、若い兄弟がポルトガルからニューヨークへ移住するところから
映画は始まる。
怒りや憎しみ、また悲しみも苦悩も発生しない。
淡々とした物語が流れていく。
1960年、医者となった兄マヌエルは、
ポルトガルに戻り、シルヴィアという女性と結婚し、故郷の都市や町を旅する。
彼は、新大陸発見者コロンブスがじつはイタリア・ジェノバ出身ではなく、
ポルトガル生まれであるという自説をもっていた。
ハネムーンは、それを裏付ける史蹟を訪ねる旅でもあった。
(2006年、さる歴史学者がコロンブスのポルトガル誕生説を発表し、
 それに触発されてオリヴェイラ監督はこの映画を制作したという)
47年間の時をおき、老いたマヌエルとシルヴィア夫妻はニューヨークにいる。
二人はふたたび旅へ出る。むかうのは―
かつて、コロンブスが大航海へむかう直前、
妻子と過ごしたポルトガルのポルト・サント島。
マヌエルとシルヴィア役を務めるのは、
オリヴェイラ監督その人と妻マリア。
正直、後半はところどころ眠ってしまった。
観たことはまったく後悔していなかったものの、
映画館を出て、しばらくは失敗だったかな、とも思った。
しかし、だんだんとあのネムイ映像が懐かしくなってくる。
あそこにいた人たち、濃霧、町並み、海辺、教会の祭壇、船のキャビン・・・。
この作品は、こうして何度か思い出されながら、
記憶のなかに滅ばぬ城を築いていくのかもしれない。
スクリーンに留まりつづけた暗雲の荘厳なワンショットは、見事な絵だった。
メタファでもシンボライズでもなく、ただ、ただうつくしい暗雲の群れだった。
港町ポルトの影一つない真昼の通りが現れ、そして消えていったとき、
この映像と向かい合えた幸福を感じていたことは間違いない。
再会を果たさなくてはならない映画のようだ。
作品には、コロンブスにまつわる生誕新説を追うという主題らしきものがあるが、
それはあくまでも旅へむかうための"風"に過ぎない。
描こうとしたのは、人生という旅そのものだ。
つまり、オリヴェイラ監督自身の人生が作品に重ねられている。
過去へも未来へもむかえるのが人の旅だ。
サウダージ―郷愁と冒険の旅。
映画は、ポルトガル人がすばらしい旅の経験者でもあることを伝えてくれる。
実生活でどこへ行くにもいつも一緒というオリヴェイラの妻マリアが
この映画の主演女優といえなくもない。
じつに堂々とした出演ぶりだった。
『コロンブス 永遠の海』の制作時(2007年)、オリヴェイラ監督は99歳。
その後も立て続けに作品を撮っている。
撮り続けているという。
たしかに、その人が撮るポルトガルの海は、
はるか彼方へ乗り出すべき世界としてスクリーンに広がっていた。

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