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言葉の風
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ウィルとニコラス作『ふたりのあか毛』

疲れているだけでなく、気力もそがれていた。
ウツがやってきそうな気配だった。
図書館の奥まったコーナーで、その絵本はこちらをみつめていた。
「なにもかもお見通しだよ」ほんとうにそんな感じで、
まっかな少年とまっかなネコが、きいろい目でみつめてくるのだった。
書架にディスプレイされていたのは、
ウィルとニコラス作『ふたりのあか毛』だった。
手に取りパラパラとやってみる。
まずは、色と線と面、その2次元の匂いをかぐ。
鼻と目と眉間で、すばやく。
ひらかれるの待っている絵本は棚にぎっしりつまっているのだ。
絵柄は悪くない。
いや、むしろジャン・コクトー風の描画は好みといっていい。
しかし、それより、どのページにも配色されている「あか」が目にしみた。
目だけじゃない。
"気"にしみる。気が「あか」を感じている。
気がどこにあるのかはわからないが、
「あか」が、岩清水のしぶきのように、
目にみえない"気"のカラダにふりかかる。
「あか」は、刺激に過ぎて身の回りからいちばん避けてきた色だった。
それが、いまはここちよい。清冽でさえある。
何年か前、上野の国立西洋美術館で開かれていた
『マティス展』を観に行ったことがあった。
マティスというと、青色がまっさきに頭に広がる画家だった。
代表作『ダンス』の印象なのだろう。
弓のようにしなった裸体たちが、
コバルトブルーを背景に手をつなぎ輪となって踊る絵だ。
ところがそのときの展覧会では、
マティスの「あか」にすっかり魅せられてしまった。
"赤い室内"を描いた作品が集められた展示空間。
「あか」のシンフォニーが鳴りわたっている。
静謐(せいひつ)なる活況とでもいおうか、
できるならば、ずっとそこで絵のエネルギーを浴びていたかった。
『ふたりのあか毛』も、それに匹敵する「あか」をリズミカルに放っていた。
この絵本の主役は、「あか」という色かもしれない。
けれど、この本のなかで描かれる、
「ありとあらゆる のりものの音が、まるで、滝のような すさまじい 
どよめきとなって、いちどきに おしよせてくるような」
セント・マークス通りは、なんとチャーミングな世界だろう!
一歩裏に入った空き地の別世界。
ネコたちが散歩する真夜中の屋上。
くだものを満載にしてやってきた馬と行商人。
通りで占いに誘う、あやしいジプシー女。
インディアンごっこに興じる"ノロシ団"。
1ページ、1ページに奥行きのある"物語"が織り込まれている。
ノンリニアな展開が楽しいが、
最後、二手にわかれていた"ふたりのあか毛"の線が
みごとに結び合う。

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