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言葉の風
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森の匂い

このひと月ほど嗅覚がない。
アレルギー性鼻炎がその原因だ。
この時期だとブタクサに反応しているのか。
鼻炎でなければ、
ヒトサマの倍は嗅覚に優れていると思うのだが、
年がら年中、鼻がきかなくなる状態にある。
香りを感じられないのはさびしい。
まあ、いやな匂いもわからないので、
この季節、満員電車で汗の匂いに不快となることもない。
けさは、実家の近所にある「県民の森」へでかけた。
昨日までの炎暑がうそのように涼しい。
だれもいない森の道。
沼や池が点在しているせいもあり、
蚊が多く、さらにブヨ、ハチまでがどこまでもまとわりついてくる。
この森は、元禄時代に山火事で丸焼けになったそうだ。
森の奥にある創建1300年の神社の縁起を読んで知った。
大木が少ないのはそのせいだろうか。
スギやヒノキなどを植林した暗い斜面と
自然の植生、広葉樹林帯の鮮やかな緑が対照的だ。
森が喜ばせてくれるものはたくさんあるが、
そのひとつに色彩がある。
場所の位置や形状、草木の繁茂状態、
主人となる樹木の種類という基本状況に
季節の移り変わり、その日の天候という変化が加わって
ときおり森の色は、息をのむほどドラマチックになる。
崖下をゆったりと曲がる隘路(あいろ)から、
視界がひらけて、灰色の林が出現する。
象の皮膚に似た樹皮の木々がいっせいにこちらを見た、
ような気がした。
池の畔では、蔓や葉や枝がエネルギッシュに絡み合って、
ブラックホールのような暗黒の穴をつくっている。
見つめても見つめても黒い空間が静まっている。
谷の湿地に淡い緑のビロードが敷かれている。
草の色彩のやわらかさに視覚が呼吸しはじめる。
そのとき、憶えのある甘酸っぱい香りが鼻孔をかすめた。
カツラの木だ。
姿を見つけられないほど、まわりは木々に満ちている。
小1時間の森の歩行が嗅覚を少しだけ目覚めさせたようだ。
帰路、最後の巻き道、
土と水と光と緑・・・森全体のエッセンスが一瞬、
頭部を通り抜けていった。
森の五感と同期した。

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