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言葉の風
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マーガレット・ワイズ・ブラウン『おへやのなかのおとの ほん』

"夜のしじま"というものは、
ほんとうにあったのだろうか。
はるかむかしのことで、もうその音がほとんど思い出せない。
でも、間違いなく、夜のしじまは、夢のなかへ入る前、
枕元までやってきた。
子どもの頃、寝床にもぐりこみ、電気が消されると
いろんな音が聞こえてきた。
廊下のむこうの部屋からもれてくる、バタン、バタンという
クルマのドアが閉められる音。サスペンスドラマが流れているのだ。
湯飲み茶碗がことっ、とテーブルにおかれる音。
ひそひそとした話、笑い声。
パトカーのもの悲しいサイレン。
あっちこっちで放たれる犬の遠吠え。
近くだけでなく、しーんとした頭のなかには、
遠くから、ちいさい音もやってくる。
何キロも離れた田園を走り抜ける夜汽車、そして、
あの夜のしじまもやってくる。
M・W・ブラウン『おへやのなかのおとの ほん』では、
風邪をひいた子犬マフィンが、ねぐらでからだをまるめ
両目を閉じ、じっと耳をそばだてる。
そこへやってくる音―
たまごをかきまぜる音。床に落ちた針の音。スズメバチの羽音。
家族のみんながセロリやカスタードクリームを食べる音。
暗くなった町に灯りがつぎつぎに点いていく音。
聞こえる音も聞こえなかった音も、
この絵本のなかには登場する。
「音」が主役のようにもみえるが、
ほんとうの主役は、この本を手に取った人の記憶のなかだ。
子どもの頃、熱を出しつらく退屈なふとんのなかで、
"澄ます"ことができたのは聴覚だけだった。
ときに高熱にうなされ、まぼろしが炎の色と音をまとって踊った。
枕元にそっとだれかがやってくる。
声もかけず、音を立てないように、注意を払って。
このそっとやってくる、かすかな空気のうごきは、
無上の安らぎだった。
これは、だれもが体験する、そして記憶しつづける大切な音だ。
タオルをしぼる音も、床(とこ)を直す衣擦れのような音も。
この絵本のなかでも、無上の安らぎをもたらすものがやってくる。
臥せるマフィンのいる場所へ、
そのようすを見に、そっと階段をあがって。
それは作者ブラウン自身をも癒し、なぐさめてくれるものだ。
さて、それは・・・。
考えられないような赤の色づかいはお見事。
レナード・ワイズガードの絵も楽しい。

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