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言葉の風
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スピリットレシピ

食べることに執心する人を少なからず軽蔑していた。
ずっとむかしのこと、若い頃の話だ。
人はパンのみに生きるにあらず―
そんな求道的なところがあったかもしれない。
どこそこのなにが美味かった、不味かったという会話を
はたで聞いていると、話が熱を帯びれば帯びるだけ、
その人たちがどんどん下に落ちていくように思えた。
食べものの話に熱中する人たちは、自分よりもみな年上だった。
あれから随分と年月が経った。
なにかのきっかけで食べものの話がはじまったならば、
話は尽きることなくつづけられるだろう。
食べることにこだわりを持たないほうが、
今は理解しがたいのだ。
食べることは大切だ。食べられるということはありがたい。
食べないと、まず身体が動かなくなる。
ガス欠のクルマのように。電池切れのシェーバーのように。
悲しいかな、歳とともにそのことをはっきり自覚するようになった。
この夏はとくにそうだった。だから炎暑が終わらない今も
驚くほどご飯をおかわりし、肉を毎日のように食している。
たまに家族のために料理することがある。ふるうほどの腕はない。
ネットでレシピを拾い、プリントアウトしてそれに従うだけだ。
上手ではないが、一生懸命つくる。
先日は、チキンのグリル焼きを作った。じつにシンプルな料理だ。
どちらかというと素材の味を引き出す料理が好きだ。
だから肉は、信頼する精肉屋で調達する。
魚でも肉でも生のものに手を触れるときは、
なにか覚悟のようなものがいる。
なにせ「死体」に触れるのだから、おっかなびっくりだ。
まな板でトリのもも肉を広げ、筋や肉厚のあたりに切り込みをいれる。
このときはまだ自分と肉とのあいだに距離感がある。
冷ややかなものがある。
もも肉を酒にからめてしばらくおき、
それからキッチンペーパーできれいに水気をふき取る。
このあたりから肉とグッと距離が縮まる。
塩をふると、まな板の上でもも肉がパァーと輝いてくる。
あとはグリルのなかに入れてじっくりと焼きあげるだけだ。
グリルをから焼きにする。網に油をぬり、
寝かしつけるようにゆっくりと横たえていく。
トリ肉に愛情が湧いてくる。
煤けたガラスの小窓を何度も何度ものぞきみる。
きつね色に変わっていく肉の表面。
のぞけば、のぞくほど、
肉は美味しくなっていくようだ。
ジュワーっと肉汁があふれ、炎がはぜる。
わくわくしてくる。
料理時間はぜんぶで30分程度だろうか、その間、
サラダをこしらえながらも、
ひたすらメインディッシュであるチキングリルに思いを馳せる。
この集中が途切れたり、邪魔されたりしなければ、
とびきり美味しいチキングリルができあがる。
そして、食べる時間こそ散漫になってはいけない。
食べることに集中したい。
われわれが食べるものはすべて生きものだ。
いただいた命にいちいち感謝して食べることはできないにしても、
不作法に食べたくはない。
少なくともテレビぐらい消して食卓につきたい。
― よくかみしめ、食べたものがすべて自分のエネルギーになると思いながら
食べるといい― あるヨガの達人が語っていたが、
ときどき思い出したように実践している。
食事が、楽しい以上のものになる。

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