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Today's Shot / 言葉の風

2009年07月12日
Today's Shot
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言葉の風

ちいさな子どもと歩いていると
地面にいろんなものを発見する。
昨日は、生まれて間もないカマキリを一匹発見。
鎌から後ろ足まで3センチほどの超ミニサイズだが、
全身全霊、完璧なカマキリ。
小指でおどしてやると、
すかさず鎌をふりかざし攻撃のポーズをとる。
透き通った若草色の精密なボディがうつくしい。
この季節、地面には意外と落ち葉も多い。
常緑樹に新しい葉がつくとき、古い葉が落とされるのだ。
「夏落葉」は俳句の季語ともなっている。
落ち葉に穴が3つほどあいてさえいれば、
目、目、口、かならず顔に見えてくる。
タイトルは忘れたが、
顔そっくりの枯葉を集めた写真絵本があった。
それを見て以来、落ち葉は顔の全部なのだ。
一人で歩いていても地面を見つめている。
何か子どもをおどろかせるものがないかとキョロキョロし、
まっさきにおどろくのが自分なのだった。

see you tomorrow!


2009年07月11日
Today's Shot
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言葉の風

山道を歩いていると突然、どこからともなく
ホオズキの匂いがやってきた。
嗅覚が感知した今年一番の夏だ。
見ると30、40株のホオズキが群生している。
みどり色とだいだい色の袋が
提灯のようにぶらさがっている。
子どもの頃、その実をもみ出した感触が
指先によみがえってくる。
宝石のような輝きも。
毎年のことだが、
それからどうやって、なにをして遊んだかが
思い出せない。
そのとき近くにだれかいれば、聞いたかも知れないが
生憎、だれもそばにいなかったのだろう。
取るに足らない疑問はすみやかに去っていく。
ほおずき遊び。“検索”してみた。
「カラッポにしたホオズキの実の袋に空気を入れ、
穴を舌でふさぎながら、一気に口のなかで
押しつぶす。音がでる」
ちょっとむずかしそうだ。そうか・・・
うまく音が出せなかったから記憶に残らなかったのだ。
納得した。と、その時、
キューっと口のなかに音が広がったが、
これは正しいキオク?

see you tomorrow!


2009年07月10日
Today's Shot
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言葉の風

風が強い日、不思議と竹林のなかにいることが多い。
360度、青竹にかこまれて、
立ち尽くすほかになにもやることもなく、
ただ、立ち尽くす。
比喩をいっしょうけんめい考えるが、
なかなか出てこない。
みどりの針をしたヤマアラシの皮膚に立ったような・・・。
やっぱり、うまくいいあらわせない。
風が次から次へと渡ってくる。
繁った笹がざわめく。
幹がカラカロとぶつかりあう。
何百本もの竹にみつめられる、落ち着きのなさ。
雑木林と違って竹林には匂いがない。
強い気配だけがあたりにひろがる。
だれに発する気なのか・・・。
道をはずれ、竹林のなかへさらに踏み込む。
地面は枯葉の層で、スポンジのようにふかふかだ。
足下がぐらつく。
竹もゆれ、人もゆれる。
心身一如・・・人のからだに竹のこころが移る。
すると竹林からいっせいに気配が消えた。

see you tomorrow!


2009年07月09日
Today's Shot
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言葉の風

真夜中、目を覚ますと窓の正面に月が昇っている。
一幅の絵を目の前にしたような錯覚にしばらくとらわれる。
カスパー・ダヴィッド・フリードリヒの絵にそっくりだ。
30年以上前、竹橋の国立近代美術館で開かれた展覧会を思い出した。
もう一度、あの壮大な風景と向き合いたいと思った。
芸術家は、自分の内側からあふれ出てくるもの、
あるいは内面に潜んでいるものを表現する。
世のため、人のためではなく。自分のためにでもない。
描かざるを得ない、作らざるを得ないから
そうするだけだ。
であるのに、人に喜びを与える。
救いやなぐさめを与えてくれる。
何百年、何千年前の作品からでも、
その光輝はやってくる。
竹橋の美術館にゴーギャンのあの作品がやってきた。
「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」
色と形象の大交響が鳴りひびいていることだろう。
出会えば、生涯忘れられない時間となることは間違いない。

see you tomorrow!


2009年07月08日
Today's Shot
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言葉の風

新疆ウイグル自治区で騒乱が起きている。
すさまじい乱闘と血だらけの人びとが
テレビ画面に映し出される。
遠い国の出来事ではない。
映像に捉えられた騒乱は、理由がどうであれ、
まぎれもない暴力だ。
暴力はいつでも、どこでも起こっている。
老若男女を問わず、だれもが被害者になり得る。
ただ、加害者となるのは99%、男である。
おそらく人類が誕生してから現在まで、
この比率に大きな変化はなかったのではないだろうか。
男は、腕力という暴力装置をもつ。
しかし、腕力のない男も暴力をふるう。
装置を起動させるのは間違いなく「脳」だ。
社会でも政治でもない。
能力の可能性を追求する「脳」研究は盛んのようだが、
暴力を起動させる「男脳」の研究こそ、社会に有益ではないのか。
「男はひとつの病である」
たしかそんな言葉をもらした詩人がいたが・・・。

see you tomorrow!


2009年07月07日
Today's Shot
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言葉の風

昨夜、梅雨空が一掃された関東地方では、
月が東南の空から昇りはじめて
こうこうと輝きながら西南の空へと渡っていった。
今日は七夕だが、月といえば「竹取物語」というむかし話がある。
かぐや姫は罪を犯して月を追放され、地球へやってきた。
どんな罪だったのかは書かれていない。
やがて罪が許されたかぐや姫は月に帰っていく。
その月に今度は人間がむかっていく。
月は人類が宇宙へ移住するいちばん最初の星になるだろう。
遠いむかし、人類の祖先は海にいた。海から陸へ。
四足歩行から二足歩行へ。
長いプロセスだが、その変化はあまりにも劇的だ。
それほど先でもない未来、
宇宙で生まれ育てられた人間が登場するはずだ。
“宇宙世代の人類”は、数世代という短い期間で、
想像できないほどの変貌をとげていくかもしれない。
はたしてそれが人類と呼ばれ得るものなのかはわからないが・・・。
ごつごつした灰色の月面から昇ってきた青いみずみずしい地球。
月周回衛星「かぐや」が送ってきた映像が頭に焼き付いた人もいるだろう。
人類が宇宙へむかうとも、
ここがわれわれのたったひとつの星であることには変わりない。
罪を犯して追放されることだけは避けたい。

see you tomorrow!


2009年07月06日
Today's Shot
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言葉の風

ショッピングプラザにショッピングモール、
アミューズメントパークにスパリゾート、フィットネスクラブ、
ディスカウンターにエブリデイ・ロープライス・ストア・・・。
駅周辺には商業施設が林立する。
百年に一度の経済危機、前代未聞の不況と騒がれても
人びとはそれらに集まり、休むことなく時と金を消費する。
消費は、もっともシンプルな自己実現でもある。
探して探して、やっと気に入ったシャツを一枚手に入れる。
これは快感だ。この消費というものに、
社会や他者への思いをはらんだ新しい流れが出てきた。
環境に配慮した商品はもとより、
アフリカに井戸を作るための「1L for 10Lプログラム」、
現地の人に適正な利益が生まれる「フェアトレード」、
栽培労働者を農薬から守る「オーガニックコットン」・・・などなど。
社会に対する<自己表現>。それが21世紀の消費になるだろう。
お金の使い方が変われば、市場が変わり、企業が変わり、
産業も変わっていく。
消費というパワーは強力だ。

see you tomorrow!


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