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Today's Shot / 言葉の風

2009年09月06日
Today's Shot
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言葉の風

いつのまにか日が暮れるのが早くなった。
7時にもなれば空いちめん群青色となって、
もうすっかり夜だ。
昨日は、東の空に月がこうこうと光を放っていた。
わずかに欠けているように見えたが、
満月だった。
今朝、といっても夜が明けるずっと前、
南東の空を見上げると、オリオン座がくっきりと姿を
見せている。
ひさしぶりの三ツ星だ。
その斜め下にはシリウスがギラギラと燃えている。
青白く輝く星だが、双眼鏡で見るとまたちがう。
いろんな光が飛び出してくる。
ルビー、エメラルド、サファイア、ダイヤ・・・
宝石があつまってケンカでもしているようににぎやかだ。
いつ見ても変わらない。
しばらくシリウスをみつめる。
この光は、8年半前に飛び出した光で、
いま、地球に届いているのだ。
8年前というとアメリカ同時テロが起こった年だ。
悲惨な出来事だったが、その後の世界に波及していった
不安や憎悪はさらにいやなものだった。
正義という名のもとの力と力の戦い。
強い者が弱い者を力でねじふせていく。
いちばんの弱者は武器を持たない、
戦争など望まないふつうの市民だった。
9.11がやってくると、思い出すのは、
ニール・ヤングが放送を自粛されていた「イマジン」を
犠牲者追悼のコンサートで歌ったことだ。
ほんとうに心を揺さぶったのはそれだけだった。

see you tomorrow!


2009年09月05日
Today's Shot
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言葉の風

中国人の先生から「気功」を教えていただいている。
もう、4年になるが、10年近く教室に通い続けている人も少なくない。
もちろん、気功という心身の養生法が自分たちに合っていることもあるが、
先生の人柄にひかれていることも大きいと思う。
「この惑星(このほし)」の新しい企画で、
今度「東京異国物語」という記事の連載がはじまる。
東京に暮らす外国の人たちをさまざまな角度から
レポートしていくのだが、
その第1回に「禅密(ぜんみつ)気功」の朱剛さんを取材することになった。
自分の師であり、いちばん身近な異国の方だ。
この連載を担当する女性のライターさんがインタビューをしたが、、
以前から聞きたかったことを飛び入りで質問してみた。
過去、中国に侵略し残虐行為を行った日本に対して
現在どんな気持ちを持っているか・・・。
当初は、日本人が戦争被害者の面だけ強調するのを耳目にすると
反発を感じたそうだ。
でも、日本で暮らすなかで、人間は人間、
戦争の苦しみはみんな同じである、
という気持ちに変化していったという。
過去の日本人が起こした戦争だから、
いまのわれわれに関係ないとは言えない。
ましてや戦争を正当化するなど愚の骨頂だ。
日本人=鬼畜・妖怪という刷り込みもおかしい。
先の戦争が次の戦争の種とならないような賢明さが必要だ。
「戦争の苦しみはみんな同じである」
この言葉を聞けただけでよかった。
非戦のパラダイムはこの視点にある。

see you tomorrow!


2009年09月04日
Today's Shot
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言葉の風

木々の下を歩いていると
パサッと小枝が落ちてくる。
地面を見ると、ドングリをつけたままの枝葉が
散らばっている。
葉っぱは、まだいきいきとしており、
ドングリは緑色に輝いて宝石のようだ。
灰色のぼうしも新品そのもの。
夏は終わったばかり、落ちてくるには
まだ早いのではないか・・・。
そういえば、8月になってまだ間もない頃、
道にイガグリを見つけて拾ったことがある。
触れたとたんに指にトゲが深々と入って、
ギャッと声をあげた。指から血がこぼれ落ちた。
二度と青いイガグリには触るまいと思った。
散歩は、縄文人や弥生人が集落をつくっていた、
丘陵をめぐることが多い。
富士山の形をそのまま再現した「富士講」の小山もある。
これは江戸時代につくられたものだ。
頂上まで登れば、そこからは本物の富士山が眺望できる。
さて、ドングリだが縄文時代には日本人の主食だったという。
流水にさらしたり、煮炊きしたりして
アク抜きには手間がかかったようだ。
稲作の時代になっても、飢饉に見舞われた際には
人々はドングリで命をつないだ。
なにげなく家に持ち帰った緑のドングリは
気づけば、茶色にすっかり変身している。
やっと朝夕の空気が涼やかになった。

see you tomorrow!


2009年09月03日
Today's Shot
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岩井俊二「市川昆物語」を観た。
テキストを多用した読ませる映画だったが、
観終えると仕事の疲れがすっかり消えていた。。
岩井監督といえば、これまで「花とアリス」「リリー・シュシュのすべて」
「打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?」を観たが、
どれもすごい作品だと感じている。
ただ、「スワロウテイル」も含めてすべてDVDでの鑑賞だ。
映画館でひとつも観ていない。
映画を作っている人たちにとっては残念なことだろう。
あの大きなスクリーンに映し出される精彩な映像は、
作品というもうひとつの現実に引き込む魔術を最大限に発揮するのだから。
DVDレンタル宅配の会員になった。
ジャニス・ジョッブリンが出演した「フェスティバル・エクスプレス」を
ネットでリクエストすると翌日には郵便受けに入っている。
正直、うれしい。ちょっと感動した。
レンタル会社を選ぶ基準をエリック・ロメール作品の有無に頼ったが、
どこにもロメールはいなかった。
DVDのコレクションボックスが出ているのだが・・・。
学生の頃、飯田橋ギンレイホール、早稲田松竹、
八重洲シネマ、大塚名画座へ行き、二本立て、三本立て映画をよく観に行った。
いま思うと力(リキ)がいることだと思うが、全然平気だった。
映画館から出た後、生まれ変わったような新鮮な気持ちを味わった。
ときには見知らぬ人たちいっしょに同じ映画を観ることのしあわせも感じた。
やっぱり、映画館へ行こう。

see you tomorrow!


2009年09月02日
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袱紗(ふくさ)というものがある。
ご存じのように結婚式のご祝儀や葬式などの香典を包むものだ。
冠婚葬祭には必携のはずだが、はずかしながら、
いまだに自分のものを持っていない。
突然、人が亡くなり慌てて袱紗を買いに行こうとしたこともあったが、
これがそんへんで売っている代物ではなく、結局、あきらめることになる。
そんなことが何度かつづいている。
中身のお金は、すでに立派な水引がかけられた祝儀袋、香典袋に
入れられているのだが、それを渡すまでの間、
やはりなくてはならいものなのだ。
ほとんど姿をみせることもないのだが、
あるとないとでは、気分に大きな落差があらわれる。
包むというのは、われわれのマナーであり、文化なのだ。
今度、「この惑星(このほし)」に<今月の作家>というコーナーができる。
その第一回に新刊『ポジャギ―韓国の包む文化』(白水社)を上梓した
中島恵さんにご登場願うことになった。
ポジャギとは、朝鮮半島で使われる、ものを包んだり、運んだりする、
ふろしきに似た一枚の布をいうのだが、これがとてもうつくしい。
チマチョゴリなどの端布をパッチワークにようにつなげていくポジャギ。
その色の組み合わせが個性的で楽しい。
芸術的だが、ふつうの女性たちの手作りで生まれ、日常のなかで使われる。
そんな文化を持つ人たちに共感を感じ、今、あらためて興味がわいてくる。

see you tomorrow!


2009年09月01日
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言葉の風

昨日、台風11号が関東の北東部をかすめていった。
日中は雨風が強く。不穏な色をした雲がはげしく流れ、
終日、落ち着かなかった。
衆議院選では、反自公民の嵐が吹き荒れた。
民主党の圧倒的な勝利となり、いよいろ政権交代が行われる。
敗戦したかつての与党は当然だが、
勝者の顔に笑みがもれることは少なかった。
どの顔もこわばり、緊張している。
「勝って兜(かぶと)の緒を締めよ」という心境なのだろうが、
やはり、これからの難局を乗り切っていく責任の重さを
感じ取っているのだろう。
7月の完全失業率は、5.7%となり、
1953年の統計開始以来、過去最悪となった。
国民の生活不安は募る一方だ。
国民が期待する政治だが、その政治のやっかいなところは
課題があまりにも多すぎることにある。
生活から経済、外交、防衛、地球環境対策までその領域は広く、
さらに国の背負った借金、憲法問題など、難題が山積みされている。
かつて、高支持率を誇った小泉内閣は何をしたのだろう。
信念と執念が他の政治家よりも強かったことは認める。
私利私欲の感じられない清廉さもあった。
政治史上に残る郵政民営化を果たしたが、
それがどれだけ国民の利益につながったのだろうか。
一政治家が自分が掲げた目標を実現したに過ぎなかったのではないだろうか。
ゆるがない信念があったからメッセージは強くシンプルでわかりやすい。
われわれはそこに酔い、目くらましをくった。
それまで与党自民党にいなかったタイプだったのだ。
しかし、結局は自分の野心を成就させただけだった。
新しい首相が誕生するが、七転八倒しなければならないだろう。
自分が何をしたかではなく、国民が望んだことのどれだけを実現するか、
それが国のトップのミッションというものだ。

see you tomorrow!


2009年08月31日
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言葉の風

この国で民主主義という政治体制が敷かれてから
まだ60年ほどの歴史しかない。
その前までは天皇が主権者であり、
さらにその前は徳川幕府が国を統治していた。
どんなに正当性があろうとも権力者に逆らうことは許されなかった。
反逆は大罪であり、ときに死をもってその罪を
償われなければならなかった。
権力者とは恐ろしいものだった。
主権在民の時代となった。
政治は、国民の意思で動いていくはずだったが、
そうではなかった。
政治は、お金や利権の力でコントロールされていった。
不思議なことに不正と無駄と怠慢がいくらはびこっても
自民党政府は、びくともせずに政権の座に居座り続けた。
長期政権は腐敗するのが当然だ。
政治家にとって自民党ほど安定し、出世の機会が約束された就職先はない。
そんな連中にとって、選挙活動は必死の「就活」だった。
政権交代となったようである。
国民というものは、存在しているようで存在していない。
約1億人の国民なら存在するが。
ひとり一人の思い、思惑はことなる。
国民というものが姿をあらわすとしたら
不正を指弾し、無駄や怠慢を諫める声を上げ続ける以外にない。
国民の政治は、いまからはじまるものと思いたい。

see you tomorrow!


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