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Today's Shot / 言葉の風

2009年09月13日
Today's Shot
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言葉の風

午前3時、聞こえてくるのは虫の音、
そのほかにはなにも聞こえない。
霧がベッドタウンにおりて、
闇をうすめ、家々の灯りをおぼろにしている。
はるか遠くの高層住宅は雲に吸いこまれて丘の上にない。
霧が出る夜ほどしずかな夜はない。
秋から冬にかけての数ヶ月、九州・宮アの山奥に
暮らしたことがあった。
西に直線で十数キロも行けば秘境・椎葉村があったが、
寝起きした家の周囲5キロに人家は一軒もなく、
秘境をこえるようなところだった。
朝、山を歩くと霧が出ることが多かった。
巻き道で足の下を霧が流れていく、
谷に差しかかると、山と山のあいだで、
雲がつぎつぎに生まれていく。
気がつくと、雲海が眼下から村にむかって広がっている。
手に触れるような近くで雲が生まれるさまに感動した。
護身の木の棒を手に仙人の気分を味わった。
霧が出るとたいがい快晴となる。
昨日は昼の雨のなか、惰眠をむさぼった。
今日は光をあびて生き返りたい。

see you tomorrow!


2009年09月12日
Today's Shot
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言葉の風

うん、なかなかいいな。
この5月、上野の森美術館で開かれた日本の現代美術展
「ネオテニー・ジャパン」へ出かけたとき、
鴻池朋子というアーティストを知った。
居並ぶ巨匠をおいても彼女の作品がいちばん惹きつけた。
昨日、その鴻池朋子の個展へ行ってきた。
すごい・・・。完全にやられてしまった。
会場空間そのものを迷宮的な構造にして
深部へと誘うインスタレーションスタイルが、まず好奇心をときめかせる。
詩的で繊細な鉛筆画から悪夢を投影させたような大胆なアクリル画。
これまで「襖」が体験したことのない具象の数々が
岩絵の具で精緻に描写される。
キャラクター「ミミオ」、寓話的ナイフ、ヒタヒタと歩く狼、
ストーリーを封じた純粋アニメーションの快楽。
身体を幻覚で浮遊させる「ミクストメディア」の暴力性。
つり下げられた狼の毛皮、そのなかば強制的な接触空間は、
残酷さと生きものの温もりを同時に感じさせる。
作品キャプションもエピグラムを装おう。
さまざまな媒体とあらゆる表現手段を用いて、
やっとその世界が表される、ということではない。
世界を表出するということは、
いまや複層・多重的でなければならないということだ。
もはや油絵だけでは世界は描けない。
縦横無尽に世界をコントロールしていいのは、
アーティストだけに許された特権だ。
鴻池朋子は、その特権を行使する稀有なアーティストだ。

see you tomorrow!

鴻池朋子展 インタートラベラー 神話と遊ぶ人


2009年09月11日
Today's Shot
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言葉の風

アマゾンの電子ブックリーダー「キンドル」。
2007年11月に米国で発売され、
この夏にはPDFリーダーを標準搭載したDX版が登場した。
日本ではまだ普及していないこのキンドルだが、
いちばんの特徴は携帯通信網をつかって、
コンテンツをダウンロードできることにある。
日本でもケータイ小説が一時? 大流行したが、
提供するものは比較にならないくらい膨大だ。
機器自体もテキストの読みやすさを追求しており、
検索機能、ノート機能もつく。
まだ、未発達ではあるが、可能性は高い。
ひょっとすると、パソコンよりもこの電子ブックリーダーのほうが
人類の知的進化に大きな影響を与えるかもしれない。
おそらく“世界中の図書"のほとんどは、
いずれ携帯端末でも閲覧できるようになるだろう。
ディスプレイだって、無味乾燥なままであるわけがない。
フォントが自由に選べたり、
ヘッダーやフッターにデザインがあしらわれる。
その本にぴったりの頁をめくる音がつくられたり、。
オープニングムービーもみられる。
電子ブックの装幀家は、ゲームクリエーターのような
マルチな設計を要求されるだろう。
はたして書店もCDショップのように寂れていくのだろうか。
大型書店では、すでに検索端末がないと本を探すことさえ困難だ。
その量たるやすでに限界にきている。
書店へ出かけることは苦痛になりつつある。
個性で勝負するセレクトショップがもっと増えてほしい。

see you tomorrow!


2009年09月10日
Today's Shot
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1年ぐらい前、目の前の山で
奇妙なかたちの石をみつけて、家に持ち帰った。
ふとい小指のようにみえて、ときにゾッとする。
原始人の指は、こんな感じではなかったろうか。
先端がややふくらんでいて、
そこにちょっとした意匠が施されている。
指だとすれば、爪にみえるが、
少年のペニスだと思えばそれらしい。
見ていてあきない不思議な石だ。
このあたりは縄文、弥生遺跡があちこちに散在する。
2日前は関東でも珍しい前方後円墳の遺跡を訪ねたが、
戸建ての家にびっしりとまわりを囲まれていた。
それでも小高い墳墓の丘に上がると視界は360度ひらかれる。
遺跡へ行くと無意識なのだが、まず空を見上げてしまう。
気のせいか空が高く感じる。
盛岡在住のグラフィックデザイナーが、
岩手各地に収蔵されている土偶を撮りためた写真を
漫画家とのコラボレーションで小冊子にまとめた。※
岩手県は世界でも土偶の出土数が最も多いという。
冊子のなかでは60体が紹介されているが、
正面、背面、側面、ときには上から撮影された土偶写真は
なんど見てもあきない。
宇宙人ではないかとよくひっぱり出される遮光器型も
何体か掲載されている。
目、鼻、口、耳、頭、腕、足、皮膚・・・
およそ人の外形という外形をデフォルメし尽くしている。
それが土偶のおもしろさだ。
これをみると近代芸術、現代美術などすっかり色あせてしまう。
彼らとわれわれでは、世界をキャッチする感覚そのものが違うのだろう。
see you tomorrow!

『土偶王国』さかいひろこ、米山みどり共著(ツーワンライフ出版)


2009年09月09日
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1970年・・・。
日航よど号ハイジャック。大阪万博の開催。
安保条約の自動延長。『いちご白書』封切り。
『ネコジャラ市の11人』放映。
一生でいちばん幸福な年というものが
人にはあるかもしれない。
特別なにかハッピーな出来事が起きたわけではないが、
1970年がいちばん幸せだった。
だから本当につらいことがあったりすると、
その当時、よく聴いていた曲を無意識のうちにかけて、
自分を回復させようとすることがある。
そのなかでもビートルズの「アビーロード」は、
何度となくかけられたアルバムだ。
それこそ、人生でいちばん聴いたレコードとなるだろう。
ビートルズの全アルバムを高音質で再現した「リマスター盤」が
今日午前0時に都内のCDショップで売り出されたらしい。
熱心な中高年のファンが列をなしたということだ。
当時、「アビーロード」は、アナログレコードで聴いていた。
いまはCDしかもっていない。
ときどきあの時聴いたアナログにもう一度、
針を落としたいと思うことがある。
ヒア・カムズ・サンが流れる前のノイズがなつかしい。

see you tomorrow!


2009年09月08日
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言葉の風

人工衛星から見下ろした関東エリアは焦土のようだ。
灰色の生気ない地が、森林、田園をむしばんでいく。
山を削り取って、住宅が建つ。
横浜北西部は、丘陵地帯を開発してきたので地形は起伏に富む。
自転車でちょっと隣の町までというと
ひと山越えるか、谷ひとつ下ることになる。
高台に立ち、あたりを見渡すと東西南北すきまなく
住宅に埋め尽くされ、集合住宅がどこまでも林立する。
丹沢山系は、はるかかなたに霞んでいる。
都心まで1時間以上もかかる場所なのに、
さらにそのずっと先まで人間が密集していることに驚き、
息苦しさを感じてしまう。
最近、山の尾根道を発見した。
もちろん、山は家々におおわれているので、
山には見えない。高台の住宅地ということになる。
ある地点からゆるやかなアップダウンと
微妙に右に左に曲がり進む道がつづいていく。
馬の背を走っている、そんなのどかな気持ちとなる。
クルマは通らない、人もほとんどあらわれない。
道はアスファルトなのだが、ここは尾根道なのだ。
家と家のあいだから
積み木のような東京の高層ビル群が見え隠れする。
西にひらけた場所では、多摩ニュータウンが一望される。
途中、ミカン園が南の斜面にあり、すっぱい匂いがしたが、
幻覚かもしれない。
不思議なのは、人間の密集を厭う気持ちが強いのに、
都心の方ばかり見ている、もうひとりの自分がいることだった。

see you tomorrow!


2009年09月07日
Today's Shot
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言葉の風

40年、歌をつくり、歌をうたいつづける。
ギターをかき鳴らし、ときにドラムを太鼓のように打ち叩く。
祈るようにつぶやき、そして、ありたけの声をふりしぼる。
ライブでは完全燃焼。ステージも客席もみなまっしろになる。
遠藤賢司さん。1970年に発表された『満足できるかな』は、
古びることなく、いつまでも衝撃的である。
9月9日、20枚目のアルバムとなる「君にふにゃふにゃ」が
発売される。この10年で発表されてきた作品群のなかでも
最高の出来だと、評価したい。
日曜日の午後、「この惑星(このほし)」のインタビューに
エンケンさんは快く応じてくれた。
会ってすぐに感じたのは、
この人は、どんな人間でも分け隔てなく
接する人だな、ということだった。
作っている自分、作られている自分というのがまったくない。
今年62歳、むだな肉がついてない痩身のからだ。威圧感がない。
芸能人的なオーラなどもちろん発していない。
写真撮影した木々のなかでは妖精のような浮遊感を漂わせていた。
「おれは、人類がはじめて叫びだした瞬間を歌にしたいんだよね」
「みんなSOSを発信してるんじゃないかな・・・」
充実した話を聞けたと締めくくりたいところだが、
もっと、もっと、話をしていたかった。
「また、どこかでお会いしましょう!」そういって、
ありのままの自分でやってきたエンケンさんは、
ありのままの自分で去っていった。

see you tomorrow!

(遠藤賢司さんのインタビューは10月1日に配信する予定)


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