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Today's Shot / 言葉の風

2009年10月11日
Today's Shot
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言葉の風

子どものための大きなログハウスが近くにある。
はじめてそのなかに入ったとき
なんともいえない安らぎを感じた。
ログハウスのなかは大勢の子どもたちが、
ありたけの声をはりあげて
上や下へとかけまわり、弾丸のように
わきを突っ走る。
そんな騒々しさにあってもぜんぜん苦にならない。
飛び交う子どもらの“元気分子”をあびて気持ちいいくらいだ。
昨日は、土曜日の午後ということもあって小学生たちが多かった。
小学生といっても高学年ともなるとみなからだがでかい。
なかにはオヤジのような体格の子もいたりする。
それが所狭しと跳んだり跳ねたりするから、
ちいさな娘を連れた者としては気が気でないが、
そんな心配もよそに嵐のなかへ子どもは嬉々としてもぐりこむ。
ハシゴで後から来た男の子につぶされて泣きべそもかいたが、
それもそれ、助けあげてまた放す。
木は硬いがやわらかだ。
床を走り、ハシゴを上り下りするとよくわかる。
きしみやしなりが、からだに伝わってくる。
ほかの遊び場ではケガを心配して、つい神経質になりがちなのだが、
ここはふしぎと無駄な神経がはたらかない。
途中、高校生らしきグループがやってきた。
年齢的にも場違いな感じだし、ちょっと不良っぽい。
まわりの大人たちも怪訝そうに注視する。
ここには彼らを満足させるような遊具はなにもない。
男の子二人と女の子一人、ウッドデッキで日向ぼっこをしてから、
やがておとなしく出て行った。
たぶん一昔前、彼らもここで思う存分かけまわっていた
子どもたちのひとりだったのだろう。
すべり台ですべり、床下の秘密通路で追いかけあい、
布のボールを投げ合って・・・。
いちばん元気になれた場所に戻って来たのかもしれない。

see you tomorrow!


2009年10月10日
Today's Shot
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言葉の風

ちいさな子どもからの質問攻め、
これはだれにでも経験があるはず。
彼ら、彼女らから、次々と湧いてくるクエスチョンに
降参してしまった人もいたにちがいない。
「ねえ、どうして木は立っているの?」
哲学者でも答えられないコトバも飛んでくる。
シャーロット・ゾロトウの絵本『かぜは どこへいくの』は、
幼いおとこの子とおかあさんの会話ですすんでいく。
―「どうして、ひるは おしまいになって しまうの?」
  と、おとこの子は、おかあさんに ききました。
 「よるが はじめられるようによ。」
おとこの子は、外で遊べなくなってしまうから、
昼が終わるのが残念だ。しかし―
日が沈んだからではなく、夜がやってきたからでもない、
夜がはじめられるように、昼は夜に時間をゆずる。
夜はくらいが、その子にゆめをみさせてくれる。
そして、昼はおしまいにならない。
べつのところでまたはじまるから。
こどもは終わりのない世界からやってきたお客様だ。
終わりというものを理解するのが苦手かもしれない。
でも、この地球世界も
「おしまいになってしまうものは、なにもない」
「べつのばしょで、べつのかたちで はじまるだけ」だから。
ねどこのなかで、太陽と月、昼と夜のものがたりが、
風と木とたんぽぽと、道のものがたりがつづいていく。
終わりのないものがたりが、安らぎをあたえ、
あたらしい一日をつれてくる。

see you tomorrow!

『かぜはどこへいくの』シャーロット・ゾロトウ


2009年10月09日
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言葉の風

ジョン・レノンが生きていれば、
世界はどうなっていただろうか・・・。
生きていれば今日で69歳。
ジョンが、音楽活動を続けているとするならば、
世界はまちがいなくいまと違って見えるだろう。
ひとりぼっちじゃない、という世界観によって。
ジョンの歌は、自己を誇示することではなく、
また自己を消すことでもなく、超えることでもなかった。
ありのままの自分を世界に開いていくことが彼の表現だった。
音楽を通じて自分を世界につなげる、
それがメッセージともなったが、
世界はいつも困難にみちていた。
だれよりもそのことに敏感に気づいていたから、
どのミュージシャンよりも、ジョン・レノンはパワフルだった。
ジョンの音楽によって、だれかが目覚めさせられるわけではない。
われわれ自身の世界に共鳴しているのがジョン・レノンなのだ。
想像してみよう。
知らない町のカフェでジョンの歌が流れている。
その時、ひとりぼっちじゃない、そう感じる人たちが、
まだ世界中にいるはずだ。

see you tomorrow!


2009年10月08日
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言葉の風

ものすごい風が吹きはじめた。
いま、午前7時57分。
台風は長野県を北上中とのこと。
こんな日の出勤はつらいが、
「家」という箱から「会社」という箱への移動、
とりあえず、箱に収まればひと安心だ。
この箱が、段ボールやシートだけで、できているとなると
そうもいかない。隅田川沿いに立ち並んだ段ボール小屋、
上野公園のゴミ捨て場のシート集落も
とてもこの風雨をしのげないだろう。
でも、それらはわれわれと同じ彼らの生活基盤なのだ。
思ったよりも彼らの“家”やその周囲は、よく整備されている。
清掃もまめに行われている。
鍋らしきものを囲んでいるのもよく見る。
ちいさな社会ができているのだ。
近所の森の一隅に人目につかない東屋があるが、
屋根がついているのでホームレスの人によく占有される。
半年以上、住み着いた者もいたが、強制的に追い出されたようだ。
あたりはいつもゴミだらけだった。
いまも海から流れ着いたように微動だにせず、横たわる人が絶えない。
そして、いつのまにかいなくなり、また新しい漂流者がやってくる。
ついこの間は、東屋で煮炊きをしている男女がいた。
夫婦者にみえた。坂道から見下ろすかたちで
男と目と目が合った。矢のようなとがった視線が飛んできたが、
男はすぐに手に持ったどんぶりに目を落とした。
鍋から平和そうな湯気があがっている。
二人だったら、なんとか乗り切っていけるのではないか。
一人でないことが一番大事なことかもしれない。
翌日、ふたりはもういなかった。

see you tomorrow!


2009年10月07日
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言葉の風

ジムのなかに響きわたるサンドバックとミット打ちの破裂音、
耳元で爆竹が鳴り続けているようだ。
昨日、「東京異国物語」の取材で渋谷の格闘技ジムを訪ねた。
タイ人のヨーチンチャイさんの取材だった。
ヨーさんは、ムエタイのインストラクターで小柄ながら
「魔裟斗」似のなかなかのハンサム。しかし、まわりには
タトゥーをした人や腕が大蛇のように太い男、スキンヘッズなどが
パンチやキックを繰り出しながら汗を散らせており、
一種独特のムードが漂う。
しかし、殺気立っているわけではない。むしろ、静謐。
みんな練習に打ち込んでいるのだ。
昨夜は、 WBAフライ級タイトルマッチ戦があった。
亀田大毅はチャンピオンのタイの選手に判定で敗れた。
大毅は、強い選手でたぐいまれなファイターだが、
試合運びで相手が一枚上手だった。
いずれ世界チャンピオンになるだろう。
格闘技は、暴力ではない。「力」が暴れては勝てないのだ。
もちろん相手を攻撃して倒さなければならないが、
ボクシングの場合は、
相手と自分の力をひたすら制御する格闘技のようにも思える。
そして、その制御を絶妙なタイミングで破り、
爆発的な力を集中させた方にノックダウンという完全な勝利が与えられる。
しかし、完敗したときの選手というものは、どうしてみな
子どものような無垢の顔になるのだろう。
とくに闘争心むき出しの選手であればあるだけ、
打ち負かされたときの顔はきれいになる。
禅の言葉でいう「心身脱落」なのだろうか。
昨夜の大毅はむしろ勝っていたが、きれいな顔をしていた。
彼にとって相手をマウンドに沈めなければ完敗なのだ。
勝つ瞬間まで彼らはみな修行者である。

see you tomorrow!


2009年10月06日
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先週、早川義夫さんのライブを聴きにいった。
場所は、中央線西荻窪のとある家庭レストラン。
20席ほどの場所に40人以上は詰めこまれたろうか。
すし詰めでもバッテラ状態で一分の隙もない。
この夜は、女性歌手とのジョイントライブ、
「愛は伝染する」ツアーの初日だった。
そのせいかどうかわからないが、目の前の席には
親子ほど歳の違うカップルや夫婦ではない中年の男女が
睦まじく密着してワインなどを飲んでいる。
早川さんが登場すると、
いきなり『サルビアの花』が野太い声で
歌いはじめられた。
ひとりで来たとなりの若い男はウイスキーのロックを
音を立てずにのどに流し込む。
ほんの目の前のステージを見ても、
グランドピアノにぶつかりそうな最前列に座った人たちの
頭がならんでいるだけ。初めて生で見る早川義夫、
その髪の毛だけがすき間から見え隠れする。
目を閉じて、最後列から声量たっぷりの歌を聴く。
店に入った時から場全体に和みがあり、
窮屈な席でも不快とは思わなかった。
乗ってきた中央線快速の殺伐とした車内に比べれば
小鳥たちのサンクチュアリのようだ。
全編、愛の歌に終始したライブだった。
戦いの歌『ラブゼネレーション』は歌われなかったのは当然のこと。
本を読むよりもはっきりと言葉が伝わってくる歌。
よく響く声だけではない、
活版印刷のごとく言葉が選ばれ、
刻印されている歌なのだった。

see you tomorrow!


2009年10月05日
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数年前から友人の消息がつかめない。
その友人の夢を最近、よくみる。
昨夜は居酒屋のような場所で、偶然の再会を
お互いに喜びあった。アトピーの痕がすっかり消えて
驚くほどきれいな顔だった。
消息がつかなくなる2年ほど前に、
ちょっとした諍いがあり、しばらく連絡が途絶えたが、
お互い心を傷つけたとかそういうことではなかった。
いつでも元に戻れる状態だった。
その時がきて、メールを出す。しかしメールが戻ってくる。
電話を入れると、この電話は使われていないという。
彼が経営する会社のホームページもいつのまにか消えていた。
その年、年末にいつも送ってくるカレンダーが届かない。
携帯も自宅の電話もすべて不通。
心当たりにあたってみたが、だれもわからないという。
彼は、フランス語の語学力を生かして、
JICAに関係する仕事をしていた。
スタッフを集め、会社の売上は急激に拡大した。
耳にした最後の情報は、息子が大学へ入った年に、
自分も有名私立大学を受験し入学をはたし、
学生たちと楽しい日々を過ごしていたらしいという話だ。
なにがあったかわからない。
酒と女をなによりも愛した男だった。
人生に意味などない、とうそぶいていたが、
猪突猛進、どんな困難もものともせずにぶつかっていった。
弱音をいっさい吐かず、大酒飲み特有のしゅがれた声で
よく笑い、大声で話をした。
もう、この世にいない、正直そう思うこともある。
が、どっこいアフリカの象牙海岸あたりで優雅に暮らしている、
そんな風の便りを可能にする男なのでもある。

see you tomorrow!


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