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Today's Shot / 言葉の風

2009年11月15日
Today's Shot
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言葉の風

天衣無縫という言葉はこの人のためにあるのだな、と思った。
先週、「今月の作家」の取材で名取弘文さんとお会いした。
赤いセーターがまず目に焼きついた。
たとえは悪くて申し訳ないが、
ホクホクのさつまいもがやってきて、
さあ、食べて下さい。ぜんぶ食べられますよ。
ぜんぶ食べてもらっても大丈夫ですよ。
そんな感じで取材の席に着いた。
名取さんは、10月に『シネマの子どもに誘われて』という本を上梓した。
子どもたちが主役をつとめる66本の映画を紹介している。
藤沢市の小学校で40年間教職についていたという。
「型破りな教師」はどこにでもいる。しかし、
破るべきその型さえも自分のなかに存在しない、
そんな先生はおそらく名取さんただ一人だったろう。
重信メイを小学校の公開授業にゲストにむかえるという大胆なことを
飄々とやってのける。あとで始末書を書かされたそうだが。
「いつもスミマセン、スミマセンってあやまってばっかなんですよ」
名取さんを撮ったドキュメンタリー映画を観た。
いわゆる熱血先生ではない。
学校で子どもたちが楽しめることに夢中になった先生だった。
話がとにかくおもしろい。5分に一回は爆笑されられる。
こんなに腹から笑えたのはひさしぶりだ。
取材中にコンパクトカメラで撮影させていただいた。
室内だがフラッシュは使用しない。これまで問題なく撮れている。
ところが、何度シャッターを押しても顔がブレてしまう。
動きの速い被写体を撮るモードにしてもだめだ。
観察してみると常にカラダが動いている。
上体も、腕も手も頭も顔もよく動いている。
帰ってから、撮影に苦労したよ、と家人にそのことを話すと、
子どもみたいだね、とひと言。
たしかに子どものようなエネルギーをもつ人だった。

see you tomorrow!


2009年11月14日
Today's Shot
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言葉の風

灰色の空、吹きつけるつめたい風。
冬が近づいてくる。
東京からも横浜からも雪を見ることができる。
富士の頂はすでに純白。
寒くなってくると、寒い国のはなしが読みたくなる。
冬を恋しく感じるのは、冬のはじまりだけだ。
ここに縦286ミリ、横308ミリの大きな絵本がある。
『鹿よ おれの兄弟よ』。5年ほど前に刊行されたものだが、
これほどの絵本はそう世に出ないだろう。
手に取ったときに思わずため息がでた。
神沢利子作、絵はハバロフスク生まれのG・D・パヴリーシン。
本を広げ、ロシア極東シベリアの森へ分け入る。
見開き幅60センチの紙面にワンシーンが描かれるが、
そこはもう別世界。
民族衣装に縫い込められた刺繍の文様や樹木の皮のしわ、
触手のように伸びる無数の枝、
密生するシダ類、雑草の葉脈まで精細に描き込まれた絵は圧倒的だ。
しかも、北方の清明な大気が張りつめる。
夏季のなかのシベリアなのだが、
猟師は毛皮をまとい、毛糸の帽子をかぶる。
空気のつめたさが伝わってくる。
ウスリーという少数民族が暮らす土地が舞台だ。
「プサル プサル プサル 水面に はねる ちいさな魚」
「プツィルド プツィルド プツィルド おおきな魚が はねる」
ひと見開きのページのなかに、かならず擬音が挿入されている。
この絵本は北の自然の不思議な音まで出してくれるのだ。
狩猟民のいのちをつなぐのは鹿だ。鹿を仕留めていのちをつなぐ。
地上に生きるものたちへの敬虔な賛歌が36ページいっぱいに鳴り響く。

see you tomorrow!

鹿よおれの兄弟よ (世界傑作絵本シリーズ)


2009年11月13日
Today's Shot
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言葉の風

とっぷりと日は暮れたなか、本郷通りから和田倉門方向へ出ると、
皇居周辺の闇のなかのいたるところに人の群れができている。
行幸通りには、5、6メートル間隔で警察官が立ち、
そのなかに腕章をつけたスタッフや
ガーディアン・エンジェルスまでが交じっている。
移動式の大型ディスプレイに天皇皇后が映し出されている。
内堀通りは通行止め、皇居前広場の向こうから強い照明が差し込んでくる。
「天皇即位20周年記念式典」が行われているらしい。
そういえば、朝のニュースで式典のことが流されていた。
鳩山首相のあいさつがあり、エグザイルの歌と踊りが披露された。
よく見ると広場のむこうに無数の提灯の灯り、
拍手のかわりに日の丸の小旗が振られているのか
これまで聞いたことのない風と紙の音色が渡ってくる。
たまたま通りがかったこの機会、遠巻きの群衆のなかで
皇居と向かい合う。やがて、君が代が歌われ、万歳三唱が行われる。
意外だったのは、万歳が何度も何度も続いたことだ。
これでもかこれでもかと続いた。
64年前、この広場で泣き崩れた人々がいたことを思い浮かべた。
テレビでしか知らない記憶だ。
赤瀬川源平がはじめて一般参賀に出かけて、
万歳のなかに身を置いていたら、
思わず涙がこぼれそうになったと書いていたのを思い出した。
天皇を揶揄する人がいる。
それを耳するたびに空虚だと感じる。
天皇をまつりあげ、絶対化したのは、一体だれなのだろう。
それは為政者であり、
為政者に権力を委ねた国民ではなかったか。
戦争へ向かっていったのはわれわれ自身である。
戦争責任を天皇に負わすという責任転嫁こそ揶揄したい。
絶対的権威を求める脆弱さを揶揄したい。

see you tomorrow!


2009年11月12日
Today's Shot
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言葉の風

昨日の雨はすさまじく、
傘の内側から雨がしたたり落ちるのではないかと
心配したほどだった。
この季節、近所に花らしきものを見かけることはなく、
ただひたすら葉が色づき、落ちていくなかを
淡々と歩くだけだったが、人目につかない雑木林の少し奥に
あざやかな花を咲かせているバラの木を見つけた。
まわりの高木のおかげで強い雨から守られてはいるが、
すでに花を散らしはじめており、地面がなにか艶めかしい。
そこだけがスポットライトを浴びた舞台のようだ。
雨の中を歩くのは好きだが、この日の雨は登山靴に水を染みわたらせ、
ズボンをびしょ濡れにさせるほどの勢い。
公園も緑道もだれも歩いていない。
ハンノキが大きな葉を斜面にまき散らしている。
この葉っぱに鶏肉や魚介と味噌と包んで焼く朴葉焼がうまい。
これからの季節、酒の肴にはもってこいの一品だ。
口のなかに燗酒がぱあっと広がり、朴葉の香ばしい味を思い出す。
小川近くに下りると、木橋に瑠璃色をした鳥が留まっている。
カワセミだ。まだ、小さい。
人影に驚いて川に沿って弾丸のように飛び去っていく。
沿道脇にイロハモミジとサザンカの苗木が植えられている。
細い華奢な枝をみて、旅がはじまったのだと思う。
木だって旅をしているのだ。
太陽のまわりを回るだけではない。
太陽系も銀河系も休むことなく宇宙の外へむかっている。
なにひとつとして、動かないものはないのだ。

see you tomorrow!


2009年11月11日
Today's Shot
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言葉の風

11月11日午前1時17分。
やや強い雨脚が目の前のまっくらな森をざわめかせている。
さっき、湯船に身を横たえ、うとうとしていると、
外で男とも女ともつかぬ絶叫が響きわたった。
ハッとして、耳をそばだてていたが、
やがて、ねこのケンカだとわかり、ほっとした。
もしかしたら・・・その絶叫で思い出したことがあった。
ちょうど今頃の季節だった。
真夜中に家を抜け出して、人っ子ひとりいない街中や
近所の公園を自転車で徘徊していたことがあった。
中学2年のときだ。
戦後、駐留していた米軍キャンプの跡地が公園になって、
広い敷地には県営のスポーツセンターがあった。
その界隈に行くと、かならず同じ学年の幼なじみと出くわした。
建物の隅に腰を下ろし、そいつがもってきたタバコをふかしたり、
ヌード雑誌を見させてもらったりした。
たしか、『oh!』という新書ほどの小さな雑誌だった。
そいつは、市議の息子でぼんぼんタイプだった。
いわゆるワルの類ではなかった。
0時をとっくに過ぎた深夜、こんな不良がかったことが誇らしく、
ふたりはごきげんだった。
ある夜、そいつがいつも堂々と胸ポケットに入れてきた「峰」という、
しぶいタバコをふかしていると、
突然、広い原っぱの闇のなかから絶叫が響きわたった。
女の絶叫に聞こえた。あたりには人影もなければ、
ざわめきもない。たった1回の響き、ふたたびシンとした沈黙となる。
その沈黙がまた恐ろしく感じられ、
われわれは一目散にその場から逃げ去った。
しばらく新聞を注意して読むようにしていたが、
それらしい事件が載るということはなかった。
ときどき思い出したりもするが、あまりいい気持ちはしない。
もしかしたら、ねこの鳴き声だったかもしれない。
そうならば、よかったのだが。
もう、何十年も前の出来事だ。

see you tomorrow!


2009年11月10日
Today's Shot
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言葉の風

バイオリンの独奏があまり好きではなかった。
弦に弓をこすりつけて音がでる、そのしくみが
生理的に合わないのかもしれないが、
アンサンブルのなかのバイオリンの音色は
好きだし、これをなくしては交響曲も成り立たない。
同じ弦楽器のチェロは、独奏でこそ映えると思うし、
年に1度はバッハの無伴奏チェロソナタを聴く。
バイオリンの高音域が苦手なのだろう。
それに首を折って演奏している姿がいかにも苦しそうだ。
弓にまといつくほつれた馬の毛も、見ているとわずらわしい。
持っているレコードで、バイオリンが主役の作品は
ベートーヴェンのバイオリン協奏曲第5番のみ。
演奏者はアンネー=ゾフィー・ムター。
カラヤンの秘蔵っ子といわれた少女時代に録音されたもの。
これは数年に一度は聴くだろうか。
2年ほど前にリトアニアのバイオリニスト、
ジュリアン・ラクリンのリサイタルへ出かけたことがあった。
たまたま知り合いから招待券をもらったのだが、
これがすばらしい演奏で、“バイオリン嫌い”の魔法を解かれたかのようだった。
心奪われるというよりも、目を覚まされた。
とくにショスタコーヴィチの『24の前奏曲』(編曲版)には集中させられた。
日曜日の夜はとかく憂鬱になりがちだが、
そんなとき「N響アワー」にチャンネルを合わせソファに沈み込む。
趣味じゃない作品でもモノトーンな画面を眺めているだけで、
不思議に癒される。
つい先日、ショスタコーヴィッチのバイオリン協奏曲第一番を
グルジア出身のリサ・バティアシュヴィリが演奏していた。
初めて聴く、見るバイオリニストだ。
ショスタコーヴィッチの奔放で奇想あふれる楽曲にもしびれたが、
バティアシュヴィリの弾くバイオリンの音色の清冽さにすっかり打たれてしまった。
いまもからだのなかをあの旋律と音色が流れている。

see you tomorrow!


2009年11月09日
Today's Shot
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言葉の風

先週、取材同行で江戸川区の西葛西へ行った。
西葛西は「インド人街」とも称される。
たしかに駅を下りると、
鮮やかな色のサリーに身を包んだ女性たちが目に入る。
ここだけで2000人ほどのインドの人たちが暮らすという。
その「インド人街」で父親的存在として慕われている、
ジャグモハン S.チャンドラニさんの取材だった。
席に着くとさっそくチャイがでできた。
おいしい! 紅茶の香りとこの甘さでほっとする。
冷めないうちにぜんぶ飲み干す。
30年近く伸ばし続けているというチャンドラニさんのヒゲは
長いというよりも雲のような体積を持つ。
背も180センチを超え、恰幅もいい。
でも、人を威圧する感じがまったくない。
始終、笑みを浮かべ、流ちょうな日本語で話をしていただいた。
インドの人というと、
数学が得意で商売上手というイメージがある。
実際、日本にやってきた多くのインド人たちはIT企業で働く。
チャンドラニさんも紅茶の貿易商を営んでいる。
しかし、このやわらかさはなんだろう。
包みこまれるような安心感がある。
カルカッタ出身という。
とてもいい街だとなつかしそうに話す。
「みんななにか音楽や芸術に親しんでいるんです。
夕方になるとあちこちから音楽が流れてくるんですよ」
趣味は山登りという。
これまでの単純な「インド」イメージがさーっと退いていく。
チャンドラニさんを取材した「東京異国物語」は26日の公開予定!
ぜひ、ご覧ください。

see you tomorrow!


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