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Today's Shot / 言葉の風

2009年11月30日
Today's Shot
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言葉の風

昨日の相撲の千秋楽、世界フライ級タイトルマッチに共通したこと、
それは勝者が自分に淡泊だったことかもしれない。
右四つの朝青龍、はじめ白鳳は不利な状態だった。
しかし、あせりも苦渋の表情もまったくない、
やがてじわじわと朝青龍を自分のなかに引き込んでいく。
猛獣が白い神獣にのみ込まれていくようだ。
そして、上手投げがあざやかに決まる。
ああ、相撲が勝ったな、そんなことが頭をよぎった。
腕力が勝ったのではなく、相撲が勝ったと。
白鳳は相撲そのものに化していた。
平常心を持ち、礼節をわきまえる。そして強い。
「道」という力を授かっているようにみえた。
亀田興毅、あのタランチュラのように背を極端に丸め
肩を上下させる独特のスタイルがなくなった。
右手をふって“効いてないわ”というパフォーマンスがあっても
終始、自分を抑制していた。
怖れもあっただろうが、必要以上のパンチは出さなかった。
地味な左ショートが内藤を的確にとらえる。
チャンピオンベルトを奪う、
そのことだけが亀田興毅を青銅のように武装させた。
冷静な攻撃がつづいた。
内藤は興毅をマットに沈めることが至上目的となった。
それは同時に倒されるかもしれないリスクを負ったが、
ファンの麻薬のような期待が恐怖心など吹き飛ばしていた。
鼻が折れ変形した顔、だれのために戦っているのだろう。
ファンためにか? 
ファンの期待に応える自分と戦っているようにもみえた。
しかし、内藤は負けたものの十分にファンの期待に応えた。

see you tomorrow!


2009年11月29日
Today's Shot
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言葉の風

太陽との絶妙な距離と地球自体の適度な質量、そして海の存在、
それらは生命誕生の必要最低限の条件だった。
しかし、月という星がなければ、たましいをもった生きものは、
生まれてこなかったのではないだろうか。
月の引力による潮の満ち引き、波のくりかえしが
物質の核を何億年もかけて、ゆらし同調させていった。
物質が鼓動や拍動を月の隠れた力からゆずられて、
生命体なるものに変化した。
そんな説があるかどうかわからないが、
月はいのちの源とふかく関わっているように思えてならない。
赤ん坊がゆっくりとゆすられてやすらぐのは、
波のリズムからきているのではないだろうか。
夕刻過ぎ、道を歩いていると、
ときどきとんでもないところから月が顔をだす。
というかこちらをうかがっているように宙に浮かんでいる。
ビルとビルの隙間はもちろんのこと、物干し台の陰や
曲がり角の信号機に上から
さぐるような視線をこうこうとむけてくる。
ルドンという画家が描いた『キュクロプス』という、
一つ目の悲しい怪物を思い出したりもする。
そんなふしぎな存在感を人に示しつづけている月。
グリム童話をもとにした『月はどうしてできたか』という絵本がある。
月はカシの木にぶらさげられたランプのようなものとして登場する。
それをある村からちょろまかしてきた4兄弟。
それまでまっくらだった自分たちの村が明るくなる。
ただ、かれらが死ぬたびに月は切り取られて棺の中に入れられ、
ついに月は死者の国を照らし出すことになる。
死者たちをもよみがえす月のパワー。太陽ではそうはいかない。
月明かりで、飲んで歌っての大騒ぎとなる地下の国。
やがていさかいやケンカがそこら中でおっぱじまった。
これも月の魔力のなせるわざ。
その騒ぎが天の聖者の耳にまでとどき・・・
さて、月はどうなったのか? というよりも、
「月はどうしてできたのか」がわかる結末がまっているのだった。

『月はどうしてできたか』 (評論社)
ジェームズ・リーブズ文 エドワード・アーディゾーニ絵 矢川澄子訳

see you tomorrow!


2009年11月28日
Today's Shot
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言葉の風

それは、まったく奇妙な生きものだった。
土手の小道の金網に前足をかけて、
自分のからだがさも重そうにじっとぶらさがっている。
茶色の大人の手のひらほどもある羽、くびれた胴体。
とりわけ奇っ怪なのは羽に大きな空洞があることだ。
穴というよりも長く暗い胴体を垣間みせるその穿たれたものは、
空洞といってよかった。
正面からみると(生きものからすると真上からになるが)、
未開の地のおどろおどろしい仮面にも似て、いっそう気色悪い。
横からのぞき込むと、かたそうな黒い頭と網にかけられた足がみえる。
蛾の類であることはまちがいない。
それにしてもこんな奇妙な形態をした蛾などみたこともきいたこともない。
飛ぶべき生きものの羽の中央部がなにせ空洞となっているのだから。
そのかたちも菱形で20センチ近くもある巨大なものだ。
携帯を近づけてドキドキしながらシャッターを3回押した。
今年の夏、7月の出来事だ。
それから土手の道を通るときにたまに思い出したりしたが、
そのままどうすることもなく、奇妙な生きものは、
携帯のデータのかごに捕らえたまま日が過ぎていった。
先だってチョウに精通した知己の人から久しぶりに
連絡がきたのを機会に写真を送って訊ねてみた。
すぐに返信メールがやってきた。
枯れ尾花ならぬ、この奇っ怪なものの正体はじつは交尾の姿だった。
たしかに蛾と蛾が尻と尻をあわせてくっついている。
ゆえにそのフォームは、みごとな菱形のシンメトリーを描いている。
空洞は雄と雌の羽の単なるすき間だった。
謎絵から突然、明瞭な世界があらわれた清々しさ。と同時に
未知の生物がかき消えたさびしい気持ち
蛾の名は、スズメガというらしい。
メールをくれた方にも、あまりにあっさりと謎がとけて
がっくりしたでしょう、と気遣っていただいた。
ちょっとした夏の秘宝だったのだが、
でも、わかることのほうが楽しい。

see you tomorrow!


2009年11月27日
Today's Shot
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言葉の風

−幾山河越えさり行かば寂しさのはてなむ国ぞ今日も旅ゆく
晩秋、寒さがつのってくると、しらずしらず、
牧水の歌があたまに上ってくる。
牧水の歌は胸にねむっている。
つい、100年かそこらまで、
日本人は自分の足で山を谷を越え移動していた。
それは交通機関が発達していない世界共通のことかもしれない。
しかし、山河が国土をおおうこの国で、
旅は単に移動する行動というよりも、
起伏という変化を越えていくもの、越えていかねばならないような、
業を含んでいるようなものだった。
人は変幻自在な自然のなかに放たれ、そして捉えられた。
四季の変化は人をたえず回顧的にする。
草原や砂漠の国に住む人種とは違う、感情が日本人に生まれた。
その典型は、“寂しさ”だったのではないだろうか。
生まれたときから「無常」というものを五感で感じ取ってきた人種なのだ。
この寂しさを越えるために、山を越え河を越えていったのが、
旅人だった。
−けふもまたこころの鉦(かね)をうち鳴らしうち鳴らしつつあくがれて行く
葉を落とした透明な林越しにみる、晩秋の夕暮れは格別だ。
黒くどこまでもつづく山並みの背後にオレンジ色の幸福なひかり。
満員電車の車窓からもみえるひかりだ。
あこがれがなければ寂しさも生まれない。

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2009年11月26日
Today's Shot
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言葉の風

朝、子どもを玄関先で送り出すとき、
カチ、カチと火打ち石をたたく。
そんな習慣が身に付いてもう4年になる。
「切り火」というらしいが、
子どもの頃、観ていたテレビ番組の『銭形平次』で
女房役の八千草薫さんが大川橋蔵演じる平次の背中に
よくこの切り火をやっていた。
「お静、いってくるぜ!」
「ちょっと、待ってあんた」
カチ、カチ。
なぜかこの番組で憶えてるのはそのシーンだけだ。
拙宅の火打ち金には「武蔵御嶽神社」と書かれているが、
4年前のちょうど今頃、ひとり東京・青梅の御嶽山に出かけた際に
買ってきたものだ。
御嶽には2泊3日いたが、日帰りが普通の山なので、
泊まった宿坊ではあやしく思われていたようだ。
中年、男、ひとり、ヒゲ面の無職風。
朝、梁にぶら下がっていてもおかしくない。そんなご時世だ。
3日滞在した部屋は、日本画の巨匠、河合玉堂もよく利用したという。
林に囲まれた広い窓の簡素な部屋だった。
翌朝、宿坊を夜が明ける前にでて、御嶽山でご来光を仰いだ。
東京上空にひろがる雲海からまっかな太陽が昇った。
やがて、朝靄のなかから街が島のように浮かび上がってきた。
その次の朝は日出山に登った。
今度は青いナイフのようなまぶしい朝の太陽を浴びさせてもらった。
いま思うと、昇る太陽と正面から向き合いたかったのかもしれない。
人生で大きな変化が起こっていた。
自然の大いなる風景に身をおいて、ちからをもらいたかったのだろう。
思い出すとまたあの時のエナジーが甦ってくる。

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2009年11月25日
Today's Shot
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言葉の風

背後から風のようにさっと人があらわれた。
シックな黒のスーツに身を包んだ金髪の女性が前に立ち、
にっこりと笑って手を差し出す。
「ヤドランカです」
ミットにきれいな直球を受けたような衝撃と感動。
その手はあたたかくやわらかい。
サラエボ生まれのミュージシャン、アーティスト、そしてコスモポリタン。
1984年サラエボ冬季オリンピックの公式テーマソングを作詞作曲し、
歌ったことでも知られる。
昨日、「この惑星」の取材ではじめてヤドランカさんとお会いした。
サラエボというと、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争を思い起こす。
レコーディングで来日しているときに紛争が勃発、
帰国できなくなったヤドランカさんはそのまま日本に滞在、
現在に至っている。
紛争では20万人が殺され、200万人が難民となったといわれている。
ヤドランカさんにも多くの苦難と悲劇がふりかかったことはいうまでもない。
しかし、そうした影は彼女からみじんも感じられない。
彼女に悲劇の国の歌姫というイメージを押しつけるのは間違いであり、
また、人道的メッセンジャーとしての役割を期待するのもおかしい。
紛争が起こる前まで、さまざまな民族が集まるサラエボでは、
だれもがその多様性を楽しむように暮らしていたという。
そう語るヤドランカさんの目はかがやき、遠くをみつめる。
その青い瞳はまた、
彼女が子どもの頃に過ごしたというアドリア海を映してきた瞳でもある。
やさしい気づかいとユーモア、そばにいるだけで心強くなるなにか、
あふれるようなエネルギー、
それは心に壁というものがないからかもしれない。
愚行や非道と戦う道は戦いだけでない。
むしろ戦いという世界ではない。

see you tomorrow!


2009年11月24日
Today's Shot
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言葉の風

いかなる天変地異に見舞われようとも自分だけは生き残る。
どんな冷酷無慈悲な悪人に遭おうとも、
髪の毛一本むしられることがない。
若い頃は怖いもの知らずで生きてきた。
自分は死なないものだと信じていた。
経験のとぼしさが自分のなかで楽観世界を生みだしていた。
幸運なことに天変地異にも、冷酷無慈悲な悪人にも
遭遇することはなかった。
しかし、それはこれまではの話しだ。
いつ異なるものが起こってもおかしくないし、
最悪のケースも頭に入れている。
平和な日本、悲劇のすべては日常のなかで唐突に起こる。
ほんとうに予想もできなかったことが起こるのならしかたない。
しかし、こまるのが、起こる、起こってもおかしくない、と
警告されている状態がつづいていることだ。
ふくらんでいく風船を頭の上に置いているようなものだ。
破裂する瞬間をどこかで待っている。
しかし、災害も犯罪も事後にほんとうの悲劇が待ち構えている。
幸福というものをイメージすることがむずかしくなってきた。
ならばできるだけいまこの瞬間を幸福と思えるような時間に変えるしかない。
やはり怖れる心を捨てるしかないのだろう。
どっちみち不安や恐怖など捨てきれないが、
捨てきれない程度で生きていくことが平穏へむかうことかもしれない。

see you tomorrow!


2009年11月23日
Today's Shot
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言葉の風

まっくらな物音ひとつしない部屋のはるか上を
航空機が低い爆音をひびかせて通り過ぎていく。
横浜から知多の親戚の家へやってきた。
中部国際空港が近い。貨物機の深夜便なのだろうか。
飛行機というやつは、ベッドタウンだろうが、
隠れ里であろうが、まったく意に介さず、姿をあらわす。
九州の奥日向、吉野の西行庵跡、鞍馬の奥の院でも
どこからともなくやってきて定規で線を引いたように
空に音を書きつけていく。
うるさいとおもうが、山中にながくひとりあるとき、
ほっとすることもあった。
自宅近くに古い神社ある。小山の頂にあり、
急傾斜の階段を上り詰めると、
鬱蒼とした森をながい参道がつらぬいている。
昼日中でも歩くものはほとんどなく、社は無人。
かつて村共同体が存在していた時代には、
鎮守の森として親しまれていたのだろうが、
いまは、ほとんど顧みられることもない。
合祀という歴史の傷跡も残されている。
この場所にくると怒りのようなものを肌に感じる。
あるとき、お参りがすんで社を去ろうとすると、
突然、静寂のときから轟音のなかにおかれた。
このあたりをよく通過する米軍機だろうと空を見上げるが、
なにも飛んでいない。轟音はますます強まる。
地下鉄が真下を通っているのかもしれないと思ったが、
山のなかを通るはずもない。
すがたかたちのない轟音の大立方体がとどまりつづけた。
おそろしくなった。それ以後、神社へは出向かなくなったが、
周辺で2、3度同じようなことが起こった。
まわりに人がいたときもあった。
このすがたなき轟音にだれひとりとして気をとめるようすがないのが
ふしぎといえば、それが一番ふしぎだった。

see you tomorrow!


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