2009年12月16日掲載

スペシャルインタビュー Vol.2 ヤドランカさん サラエヴォが生んだ「大地の母の歌声」

音楽評論家の湯川れい子さんは、ヤドランカさんの歌声を「大地の母の声」と呼んだ。そうだ、そうだ。彼女の歌う子守唄は心にすんなりとしみこみ、彼女のメロディは一緒に奏でるボスニアの民族楽器、サズの音色もあってか、懐かしくてやさしくて、野山の風景や草花の匂いを思い出させる。そして、母のそばにいるような、安らかな気持ちにさせてくれる。
待ち合わせのカフェまで歩いてやってきたヤドランカさん。175センチの長身に小さな黒いリュックをちょこんと背負った飾らない姿で現れた。
「こんにちは。ヨロシクオネガイシマス」
握手をする手は大きくてあったかい。まさにあの歌声の手だ、と小さくときめいた。

ヤドランカさんを世界に知らしめたのは、1984年に開催されたサラエヴォ冬季オリンピック。女子フィギュアスケートのカタリーナ・ビット選手の美しさに心奪われた大会だ。その公式テーマ曲を作り、歌ったアーティスト。メダル授与式で歌う、彼女の包みこむような声はそのとき全世界に届けられた。

(インタビュー・構成/長尾弥生 写真/和田剛)

サラエヴォで、音楽とアートに囲まれて

ヤドランカさんヤドランカさんは、旧ユーゴスラヴィアの古都サラエヴォで生まれた。まもなく両親が離婚、高校教師だった母も地方へ赴任、と少し寂しい思いはしたが、母は休みとなれば飛んで帰ってきてくれたし、祖母や叔母、叔父たちの深い愛情に包まれて育った。

「イタリア系のおばあちゃんはよくカンツォーネを歌っていて、ピアノではクラシックの曲を弾いていました。叔父さんはジャズが大好き。だから私はクラシックもジャズも一緒に聴いて育ったの。ハーモニカもギターもピアノも遊びながら弾いていました。叔父さんは絵の勉強をしていたから、家中に作品が飾ってあってね。そんな環境だったから、小さい私は音楽もアートも自然に受け入れていました。どちらもとても大事な存在でした」

ヤドランカさんの作品17歳になったヤドランカさんは、叔父が率いるジャズバンドにベーシストとして加わった。自由に弾いていたそれまでとは一転、叔父の厳しい指導を受けてプロの技術を習得し、ボーカリストとしてもステージに立つようになる。ミュージシャン・ヤドランカの誕生だ。
ノルウェーでも西ドイツ(当時)でも人気を博したバンドは、2年半のヨーロッパツアーへ出る。才能あるアーティストたちに出会い、恋にも落ち、ロシアやスペインや各地の文化や民族音楽にも刺激を受けた。音楽の素晴らしさに目覚め、その世界を満喫する一方で、もう一つの才能がヤドランカさんを迷わせた。「次はアートの勉強がしたい」。膨らむ思いを収め切れなくなった彼女は21歳でバンドを離れ、故郷へ戻る。その後、サラエヴォ大学で哲学と美術を学んだヤドランカさん、アーティストとしての器が一層深まった。

(左)ボスニアの風景とヤドランカさん独自のタイポグラフィで描かれた詩のコンビネーション作品

原点は、アドリア海の“おはよう波”

ヤドランカさんライブ風景

ライブ撮影:長原啓子

ヤドランカさんの感性を育んだ原風景は、イタリア半島とバルカン半島にはさまれたアドリア海の沿岸地方、ダルマチア。そこには祖母の家があった。ローマ帝国時代の建物をそのままに遺す穏やかな沿岸の街々は、ヨーロッパの隠れたリゾートとも言われ、その美しい海をヤドランカさんは「せいいっぱいのサンシャインとせいいっぱいの青」と表現する。彼女は幼い頃、この暖かい自然いっぱいの地で、祖母や家族の愛情に包まれて数年を過ごした。

「小さいとき、漁師だった大伯父さんと明け方によく海へフィッシングに行きました。太陽が昇るでしょ。すると静かな海に一つだけ小さな波がやってくる。本当に一つだけ。私はその波に“おはよう波”という名前をつけました」

どんなに静かで穏やかでも、自然にはサイクルがあり、自然は生きている。そのことを小さなヤドランカさんはおぼろげながら感じ取った。
“おはよう波”は毎朝必ずやって来る。それはずっと昔から変わらない。自分たちが歳を取ってもきっと変わらない。そうして時代を超え、変わらぬ美しい風景をダルマチアの人々の心に刻んできた。

ヤドランカさん取材風景「初恋の人と浜辺に座ってこの波を待ったこともあります。波は夜空に朝を運んできた。次第に変化していく風景はとても感動的でした。そのとき“何かが生まれる”ということを初めて意識したんです」
それはヤドランカさんがアーティストとしての感性を自覚した瞬間でもあった。
「私にとって音楽とアートは本当に大切なもの。それを生み出すすべての原点がここにあります」

クロアチア語でアドリア海のことを“ヤドラン”という。それに女性形の接尾語がついてヤドランカ。その海を愛する祖母がつけてくれた名前だ。彼女のすべての原点は、ここ“アドリア海”にある。