つくりたいというよりも、見てみたい

鴻池朋子 mimio−Odyssey 鴻池朋子 mimio−Odyssey 鴻池朋子 mimio−Odyssey 鴻池朋子 mimio−Odyssey

mimio−Odyssey / 2005 / DVD / 11min. 30sec.

――『ミミオ―オデッセイ』というアニメーション作品ですが、2009年夏に「上野の森美術館」で最初に観させてもらいました。インスタレーションのかたちで上映されていて、立って観なければなりませんでしたが、見始めるともうその場にくぎ付けになってしまいました。12分くらいの作品ですね。続いて開催された「東京オペラシティアートギャラリー」での個展でもやっぱりくぎ付けです。何でこんなに引き込まれるのだろうなって・・・。いろんなものが出てきますよね。それこそ、「みみお」というキャラクターの奇妙なかわいらしさもあれば、少女の顔が老婆になったりとか、ナイフが飛び交ったりとか、戦慄(せんりつ)をかきたてるものもあります。いろんなものが現れては消えていく。世界がめくるめく変わっていく。でも、その中をひたひたと、淡々と「みみお」が歩いていく。そこになにか、シンプルな言い方で恥ずかしいですけども、勇気づけられるっていったらいいのかな。惹かれるところは、やっぱりそのあたりなんですよ。
「オデッセイ」というのは、まさにギリシャ神話の中の冒険譚(たん)ですけれども、「みみお」が誕生したいきさつを聞かせていただけますか。

「芸大のデザイン科でちょっとだけ教える機会があったんですが、その時に、アニメーションをつくっている学生がいたんです。鉛筆画なんですが、鉛筆の線がぶるぶるって動くのを見て、私もわくわくっときたんですね。それで、ただ純粋に鉛筆の線がザワザワって動くのがやりたいと思ったのが、アニメーションをつくるきっかけだったんです。ストーリーは何でもいいやって。私の場合、つくりたいっていうことよりも、そういうものが見てみたいっていうことなんです。最初は、『みみお』も登場人物もいない背景だけの世界だったんです。山があったり、雪が降っていたり、森があってそれがザワザワとしていたのですが、なんだかつまんない。しょうがなく、ストーリーテラーとなる何か、観客の視点となるものを中に一つ入れれば、そのものをガイドにして観客がそこに入っていき、一緒に森を歩いたりできるのではと気づき、『みみお』がでてきたんです。だから、顔も描きたくないし、性別とかもなくていい。だって、視点の代わりなんだから。目玉オヤジでも何でもいいんですけども、キャラクター性がないほうがいい。最低限、手と足があって、そこにいるっていうことでふかふかしてればいいやと。表現する上で、しょうがなくそこに現れた存在なんです。」

――冒険譚とまではいきませんが、先日、イギリスへ旅をなさってきたとお聞きしました。

「2週間ロンドンにいて、そのあと一人旅へ出たんですね。列車に乗ってスコットランドの方へ。見るものが面白すぎて、なんかもう空気が違うから。」

――今の時期、イギリスは一番きれいな季節ですものね。

「もう全部の風景にピントが合うくらいなんです。日本と違い湿気がないから、はっきり、くっきり見えて。乗り物酔いなんかしたことないんですが、あんまり見過ぎて、気持ち悪くなってしまいました。“見たがり”にとっては、見えるって、すごい面倒なことでもあるんです。」

卑近なものからしか、新しいものは生まれてこない

鴻池朋子スペシャルインタビュー

――「スペシャルインタビュー」恒例の3つの質問があります。
まず、この一年間で、鴻池さんが一番元気づけられたことはなんですか。

「え、何だろう。でも、それって、元気がないから元気づけられるんですよね。私そういうのないですね。いつもみんなで走ってるんで。」

――これから先、一番楽しみにしていることは何かありますか。

「楽しみもあまりないですね。楽しみなものは、何ものでもないというのがわかってしまったから。今は、さて、どうしようかなって、まっさらというか、スタートラインに立っているような感じです。一から始める面倒臭さを抱えているようなところがあるので、とにかく、ヨッシャと自分に掛け声かけて、いろんなものを見て、吸収して探っている状況ですね。」

――最後の質問です。小学生、中学生くらいの子どもたちから「人は何のために生きているんですか」と聞かれたときに、どう答えますか。

「ちょっとこれは質問から外れた答えになってしまいますが、保育園でワークショップをやってほしいと言われて、何をやるのかよくわからないで受けてしまったんです。現場で子どもたちと一緒に遊んでいたんですが、そうすると、いじわるしたり、ものを貸してくれない子とか、いっぱいいるんですね。あまり親しくもないのに、いきなり抱きついてきたり、足とか股間とか全部さわりまくるわけですよ。その時に、この人たちは一体何だと思ったんですね(笑)。失礼だし、まるで動物みたいだなと思って。それで、あるやんちゃな子をちょっと押してしまったんですよ。そしたら、ころんとあっさり転んでしまったんです。あっまずい!と思って。弱くて、幼いんですね。未成熟なのに、自分の欲望みたいのがダイレクトに出ている。非常にバランスの悪い人たちだなって思ったんですが、まさに自分を見ているような感触があったんです。それでその時に、この人たち、ちゃんと、とにかく何やってもいいから、とりあえず、二十歳くらいまで生きてくれと。生きていてくれさえすれば、あとは何とかなるだろうと。多少、問題を起こしてもいいから(笑)、生き延びてくれっていう気持ちに駆られたんです。その時の気持ちは、自分でも驚きました。だって、とても生きられないような純粋な生きものだなと思ったから。」

――子どもといえば、「深度図書館」という鴻池さんの蔵書を再現したコーナーの中に、オールズバーグ※の絵本がたくさん並んでいましたね。

鴻池朋子スペシャルインタビュー 「『みみお』の絵本を書こうと思った時に、ちょうどシアトルに出張することがあって、本屋さんとか図書館とかで絵本をよく見て歩いたことがあったんです。何百冊も見て、それで20冊くらい買い込んで、東京に戻ったんです。その中でも、特にいいなって思った本が3冊あったんですね。どれも全然タイプが違うんですよ。でも、その3冊全部がオールズバーグだった。画風も異なるし、対象年齢も違っていたりして、同じ作家の絵本とはまったく思わなかったんですが、びっくりしましたね。あれだけたくさんの絵本の中から自分が選んだ3冊が、3冊ともオールズバーグだった。それが、この作家との最初の出会いだったんですね。
絵本も玩具もそうですけど、子どものものって、大人の社会の中ではすごくはじっこのところにいるわけですよ。たとえばデザインでいえば、クルマとか飛行機などのプロダクトは高度なデザインという扱われ方をするけれども、玩具なんかはデザインもない本当に虐げられた部分に位置づけられていたんですね。私が玩具の企画やデザインをしていた時は、まだオタクという言葉もない時代でしたけど、ちょっと社会から外れたような人たちがそこへ集まってくるところがありました。あの頃、自分がやりたいことはあまり具体的にわからなかったけど、完成されたメインストリームには興味がない、絶対に行かない、その部分でうごめいていたんですね。でも、そうした卑近なものからしか、新しいものというのは生まれてこないんですよ。美術の業界や学校の中から何かが生まれるというのではなくて、本当に日常の当たり前なところ、アートとは全然関係ないような場所からぽっと出てくる。そういう予期せぬ力、それは重要だなとすごく思います。」

※クリス・ヴァン・オールズバーグ:1949年米国ミシガン州生まれ。代表作に『急行「北極号」』『西風号の遭難』など。

(完)

(インタビュー:2010年7月17日 / ミヅマアートギャラリーにて )

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