2010年7月6日掲載

スペシャルインタビュー Vol.3 「市井の人々」の物語を紡ぎだす ルポルタージュ・コラムの名手 上原 隆さん(第1回)

上原隆さんは、いわゆる「市井の人々」を題材に描くコラムニストだ。そこに登場するのは、転勤先の職場で仲間はずれにされたサラリーマンや、自分の容姿が美しくないことを自覚する独身女性、突然チームから戦力外通告を受けたプロ野球選手など、傷つき、悩み、もがきながら人生の困難と対峙する人々ばかり。彼らの話に耳を傾け、グッとくるポイントをすくい出し、端正な文章で一編の「ルポルタージュ・コラム」にまとめ上げる。これが上原作品の真骨頂だ。ここは新宿三丁目のとあるカフェ。店員たちが慌ただしく開店準備を進める月曜日の午前10時。普段は聞き手にまわることの多い上原さんが、今、話し手として目の前に座っている。思えば、これは希少な光景なのかもしれない。

(構成・インタビュー/清田隆之 撮影/佐藤 類

知識も、教養も、企画力も、全然通用しない・・・挫折の味わい

――上原さんは一般の人々、それも苦労や困難を抱えた人々の生きる姿を描いていますが、こういった人々の話を書き始めたきっかけは何でしょう。

上原隆さん インタビュー「これは私的な体験に根ざしているんです。私はずっと映像関係の仕事をしていたんですが、一方で40代なかばから『思想の科学』という雑誌の編集にも参加していました。哲学者の鶴見俊輔さんが中心の雑誌で、毎月その編集会議に出席していたんですね。私はそれまで、鶴見俊輔論をまとめた『「普通の人」の哲学』という本を出したりしていたんで、いっぱしの評論家気取りでいたわけです。ところが、ここで毎回のように挫折を味わった。知識も、教養も、企画力も、全然通用しなかった」

上原さんは子どもの頃から挫折を味わう経験が多く、例えば父から「リーダーになれ」という教育を受けていたにもかかわらず、まわりの人々と折り合うことすらできなかったり、中学生のときには番長の暴力に屈したこともあったのだとか。大学時代に学生運動で日和(ひよ)って(=勇気がなくて逃げる)しまったことも、苦い経験のひとつになっているそうだ。

「人に認めてもらえなかったり、向き合うべき状況から逃げ出してしまったり…こういうとき、私の自尊心はズタズタになります。それで、ふと気づいたんです。もしや、これは私のテーマなんじゃないかと。『自尊心が粉々になりそうなとき、人はどのようにして自分を支えるのだろうか』ということを追求していこうと、そう思ったわけです。探し求めていた『自分のテーマ』を、ようやく見つけたという感じでした。となると、他の人はどうしてるんだろうって気になりますよね。それでいろんな人に話を聞き始めたのがきっかけです」

彼女を支えるのは、江原さんの言葉と、半分のリポビタンD

――とはいえ、なぜ市井の人々に話を? 作家やタレントなど、著名人の体験談の方が起伏に富んでいて、バラエティ豊かな気もしますが・・・。

上原隆さん インタビュー「最初は、離婚した男性のルポだったんです。別れた男たちは家事をどうしているのか、一緒に寝泊まりさせてもらって『思想の科学』でレポートしたんです。その文章を鶴見俊輔さんや関川夏央さんが褒めてくださって、私は気分をよくした(笑)。もっとも、有名な人の考えてることって、それこそ著書やインタビューを読めばわかるじゃないですか。でも市井の人々の場合、そうはいかない。一般の人々は、フロイトやマルクスの唱えた理論を自分の精神的な支柱にしているわけじゃない。例えば、私が取材した人のなかに、ある30代の独身女性がいるんですが…」

彼女は「藁をもつかむ」(『胸の中にて鳴る音あり』に収録)という話に出てくる女性で、アメリカの大学でジャーナリズムの勉強をしたが、日本でそれを生かす働き口を得られず、生活のために英会話の講師と電話応対のアルバイトをしている。内気でか細い感じの人で、どうにも実社会になじめない。そんな彼女を支えているのが、スピリチュアルで有名な江原啓之の本だった。

「端の方がすり切れたその文庫本に、10ヶ所くらい付箋が貼ってあったんですよ。彼女は仕事にも結婚にも不安を抱えているわけですが、つらいときは江原さんの言葉を噛みしめるというのです。さらに、いざ仕事にのぞむ際、彼女はテンションを上げるためにリポビタンDを飲む。でも、1本だと強すぎるみたいで・・・1回に飲むのはビンの半分だけ。江原さんの言葉と、半分のリポビタンD。いうなれば、これが彼女を支えているものです。ちょっとグッとくるでしょ? こういう話は、有名な人からは聞けないような気がします」

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