2010年7月21日掲載

スペシャルインタビュー Vol.3 「市井の人々」の物語を紡ぎだす ルポルタージュ・コラムの名手 上原 隆さん 第3回・最終回

ルポルタージュ・コラムの作り方を語っていただいた前回。物書きの"企業秘密"ともいえる部分まで丁寧に教えてくれたあたりに、上原さんの人柄がにじみ出ていたような気がする。最終回となる今回は、ここ15年で感じた取材相手や社会の変化や、さらにはご自身の人間像にもググッと迫ってみたい。
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(構成・インタビュー/清田隆之 撮影/佐藤 類

「感情の真実」と「生きる構え」

――作品を書かれる上で大切になさっている「グッとくるポイント」とは、一体どういうものなのでしょうか。

「簡単にいえば、『いいなー』と思った発言や場面、ということなんですが、自分なりには2つに分類できるかなと思っています。ひとつは、『悔しい』『つらい』『今に見てろ!』など、相手の話に共感できる"ひとかたまりの気持ち"を見出したとき。これを私は【感情の真実】と呼んでいます。もうひとつは、言葉やしぐさにその人の【生きる構え】というべきものが宿っていたときです」

上原隆さん インタビュー例えば『雨にぬれても』には、夜間中学に通う69歳の男性が登場する。彼は読み書き計算ができない。20以上の職場を転々とし、そのつど履歴書を代筆屋に依頼。何かを買う際も、即座にお金の計算ができず、おつりをごまかされていやしないかといつも不安を抱えている。そんな男性が、小学生レベルの計算問題に必死になって取り組む場面がある。その姿に上原さんは【生きる構え】を見出し、グッときたのだという。

「もう頭も薄くなっているおじさんですよ。これから記憶力や思考力がどんどん衰えていくなかで、今さら簡単な足し算やかけ算ができるようになったところで実生活に役立つとは思えない。でも、頭をフル回転させて『2×7』を解く。彼は、左の手のひらに右の指で数字を書きながら考えていたのですが、そのしぐさには、いくつになっても学ぼうという、彼の人生に対する姿勢が宿っています。これはもはや哲学や思想と呼んでもいい。自分の頭で考え、問題を解く。学ぶことはそれ自体が楽しい行為なのだと、彼に教えられたような気がします。最後、答えの欄に『14』と書き込まれたときは、思わず涙が出そうになりました」

リストラの一般化とうつ病の増加

――『友がみな我よりえらく見える日は』の出版が1996年。以来14年、実に300人以上と会い、その内100人近くの人生を描き続けてきたわけですが、何か肌で感じた変化などはありましたか。

上原隆さん インタビュー「その本では『リストラ』という話を書きました。90年代後半あたりでは、会社を突然クビになってしまった人の話がまだめずらしかったし、大変だろうなと強く感情移入することもできた。でも、リストラという言葉はすっかり一般化しました。さらにその中身も多様化しています。今、『希望退職』という名目で一流企業からクビにされてしまった人を取材しているんですが、退職金が何と6000万円も出る人もいたりして…。仕事がなくなって大変には違いないんでしょうが、これは私がインタビューするような人じゃないのかもと思ってしまいました(笑)。そのくらい、時代が複雑になってきたということでしょうか」

また上原さんは、「うつ病」の増加も肌で感じている。昔から変わらず困難を抱えている人の話を聞き続けているわけだが、昨今ではそういう人のなかに、通院しているようなうつ病患者が多く見られるようになったという。

「もっとも、『うつ病』という名称が広がるにつれ、自分をそれと規定する人が増えたという側面もあるでしょう。しかし、困難を抱える人が増えていることは確かです。かつてであればリストラやうつ病、ホームレスの話を書けました。でも、今だとそういっただけで、すでに対処法が用意されているような感じになって、書きにくいですね。取材対象者が狭まってきたように思います」

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