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CINEMA REVIEW ミニシアターへの誘い

2010年3月19日掲載

知性という戦い

加藤周一

しかしそれだけではない
加藤周一 幽霊と語る


出演 / 加藤周一
製作 / 加藤周一映画製作実行委員会
矢島翠/桜井均
監督 / 鎌倉英也

弛んだ皮膚に散らばるシミ、イボ、ホクロ

加藤周一の本は一冊も読んだことがない。『羊の歌』(正・続 岩波書店)はロングセラー、『日本文学史序説』(上・下 筑摩書房)は代表作というが、恥ずかしながら、どれも手にしたことさえない。もうしばらく朝日新聞をとっていないが、連載していた『夕陽妄語』だけは読んだ記憶がある。いかにも朝日が好む「知識人」が書いたもの、という印象しか残っていなかった。しかし、死の2年前から撮られたというドキュメンタリー、その予告を映画館でみせられて、これは観るべき映画だと即断した。

加藤周一は1919年に生まれ、2008年12月に89歳で世を去った。まず、そこまで生きた人間を撮っているということだけでも、充分に見応えのある映画だと思った。韓国映画『牛の鈴音』がひたすら老農夫の日常にカメラを向けたように、何者であろうが、なかろうが、老人という存在ほど人間を語るに雄弁なものはない。スタジオなのだろうか・・・暗闇を背景に加藤周一の顔がズームアップされるシーンがある。眼球の膜が白く濁っている。弛んだ皮膚に散らばるシミ、イボ、ホクロ。鼻の下に一本残された銀色の髭。かれは醜いのか、醜くないのか?決してうつくしいわけではないのだが、その造形のうえにゆっくりと表れては、沈んでいく変化ともいえないような、かすかな変化に見入ってしまうのはなぜだろう。かれが悲劇を語っていても、悲劇の再生を危惧しているにしても、目と耳をひとつにさせる、魅せる表出がある。それが「知の巨人」とも称される人のきらめきなのだろうか。

カメラの前では見せなかった生彩さ

東大病院の中庭に置かれた椅子で語る姿もある。まわりの木立の緑とはあまりにも対照的で、千年生き存えた老木でさえも、これだけの衰弱をみせることはないだろう。が、しかし、これほどの肉体の衰弱を抱えながらも、戦争という狂気と過誤の歴史を語る声を枯れさせることはない。茫洋ともさせない。「九条の会」発足の呼びかけ人でもある加藤周一。東大駒場の教室で学生を前に講演し、質疑応答する、そのアクティブな知性と言葉のしなやかさ。明晰なものを宙から引き出す、まっすぐな視線。カメラの前では見せなかった生彩さに、スクリーンを前にした客席までもが興奮に包まれた気がした。老人と大学生の共闘を呼びかける発想はじつに明るい。もちろん「憲法第9条」を守るための運動だ。

企業や役所に入ってしまえば、退職するまで、表現や活動の自由が失われるという指摘は苦く、かなしい。太平洋戦争時、学徒出陣で失った友人、仲間たち。強制された死の重さ。その重さが加藤周一の存在の中心にある。しかし、それだけではない。軍国主義一色に染まったなか、自分の思想を変えることがなかった、恩師、神田盾夫、渡辺一夫らの存在に人間の尊厳をみる。進歩や発展のために知性はあるのだろうか。人が学ぶのは、競争社会に打ち勝つためなのだろうか。知性は、人類を狂気から守り、悲劇から救うためにこそあるものだ。人間のほんとうの戦いはそこにしかない。そんなことを考えさせた映画だった。

幽霊と語りつづけた加藤周一はもういないが、加藤周一の戦いはこれから正念場をむかえる。そんなことを予感させる映画でもある。

文・大島憲治(「言葉の風」より転載)


出演 加藤周一
製作 加藤周一映画製作実行委員会 矢島翠/桜井均
プロデューサー 桜井均/石紀美子/河邑厚徳
監督 鎌倉英也
協力 スタジオジブリ ウォルト・ディズニー・ジャパン
公式サイト http://www.ghibli.jp/kato/

当作品は、自主上映会が可能です。ご希望の方は、下記までお問い合せください。
映画センター全国連絡会議
aai48260@pop12.odn.ne.jp
TEL 03-3818-6690 FAX 03-3811-5914

加藤周一 プロフィール

1919‐2008年。評論家・作家。東京帝国大学医学部卒業。1951年渡仏、55年帰国。「日本文化の雑種性」などの文明批評、文学・文化・社会に関わる長年の旺盛な文筆活動で広く知られる。近年は「九条の会」呼びかけ人として、平和憲法を守る運動にも積極的に参加した。主な著書は『加藤周一著作集』(全24巻平凡社)『羊の歌』(正・続 岩波書店)『日本文学史序説』(上・下 筑摩書房)『夕陽妄語』(朝日新聞社)『日本文化における時間と空間』(岩波書店)『日本 その心とかたち』(徳間書店)など。岩波書店より『自選集』を刊行中。

加藤周一 加藤周一

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