1. トップ  >
  2. 映画紹介  >
  3. ブロンド少女は過激に美しく
CINEMA REVIEW ミニシアターへの誘い

2010年9月30日掲載

100歳の繊細な感性がきらめかせた恋の顛末

ブロンド少女は過激に美しく

ブロンド少女は過激に美しく


【監督・脚本】
マノエル・デ・オリヴェイラ
【出演】
リカルド・トレパ / カタリナ・ヴァレンシュタイン / ディオゴ・ドリア

切り花のようなみずみずしい小品

この映画の製作中に100歳を迎えたポルトガルの名匠オリヴェイラ監督。1時間ほどの小品で、その展開の密度の濃さ、一分の隙も見せない映像美は見事というほかない。枯淡などほど遠く、生けられた切り花のようなみずみずしい作品に仕上がっている。そして、歳を幾重にも重ね得てきた繊細な感性が映像の隅々で輝いている。

主人公の青年が列車で隣り合った美しい夫人に話しかけることから、物語は始まる。緑色のカーテン、インディゴブルーのシート、連結ドアのビビッドな赤色。カラフルなインテリアが目に映える車内。窓のむこうを林や家々、雪が降りかかった郊外風景が流れる。車両の振動にゆれる列車内のこのフレームは、映画の中の現時点となる。追想から何度か立ち戻る位置となる。

前々作『永遠(とわ)の語らい』(2003年)で、会話の傑作シーンを生みだしたオリヴェイラ監督。その『永遠の語らい』で幼い娘と船旅をしながらインドへむかう歴史学者を演じたレオノール・シルヴェイラが、夫人役で青年の話に耳を傾ける。中年の齢(よわい)に根を下ろしたシルヴェイラの知的な美しさが際立っている。座席で交わされる思慮深さと暖かみがにじみ出る会話。ポルトガル語の響きもまたここちいい。

ちりばめられた暗喩

ブロンド少女は過激に美しく青年は夫人に自分の身にとんでもないことが起こったことを告げ、物語は、少女ルイザとの出会いから本題(=追想)へと入っていく。よくある手法といえばそれまでだが、どんな衝撃的なことが先に待ちかまえているのか、物語を最後まで見届けないではいられない。19世紀ポルトガルの作家、エサ・デ・ケイロスの短編小説をオリヴェイラが自ら脚色、整然としたプロットが映画の骨組みとなっている。

この作品は、恋の始まりと思いも寄らぬその顛末を描いているが、そもそも恋とは延々とつづく現実に訪れる、限られたごく短い時間の虚構であり、恋そのものが作品と言ってもいい。ゆえに恋は作品になりやすいし、そこに人はアナロジーを得ようとする。この物語も恋の成就にむかって試練と至福を味わうプロセスに従う。

高級アパートメントの窓辺に、ルイザが絵のモデルのように佇む。窓を縁取る大理石は絵の額縁に映る。部屋の中の壁に、ルイザの母を描いた肖像画が掛かっている。絵の中に絵がある、まるで“からくりの世界”に導かれたようなワンシーンだ。窓やルイザの脚のしぐさなど、この映画には暗喩がちりばめられているが、一番インパクトがあるのが、ルイザが手に持つ中国の扇だ。飾り尾がつき、羽毛を先にまとい、ドラゴンの姿が描かれている。その異国の扇は少女に似つかわしくなく、彼女の美しさ以上に怪しい存在感を目に焼き付ける。不穏なものを仄(ほの)めかす。

サロン文化の典雅な香り

ブロンド少女は過激に美しく現在のリスボンにサロン文化というものが残っているかどうかは知らないが、映画では、文学や音楽を楽しむサロンが登場する。そこで青年とルイザは初めて言葉を交わし、親密になっていく。ドビュッシーの「アラベスク」がハープで演奏され、燭台で灯されたたくさんの蝋燭のあかりが黄金色に室内を満たす。富める階層、限られた人たちだけの世界だが、ヨーロッパ・ブルジョワジー文化のなんとも典雅な香りが魅惑的だ。ストーリーから離れて、ひとつの完結されたシーンとなっている。そこで、アルベルト・カエイロの異名をもつフェルナンド・ペソアの詩が朗読される。ペソアはポルトガルの国民的詩人ともいわれるが、筆名を何十も持ち、それぞれが別人として存在するかのような多重人格的な詩作の宇宙を構築する(この「多重人格性」も、映画のラストと符号するメタファーとなってくる)。生前は無名の存在で、古代宗教や魔術、東洋への傾倒もみられ、謎の多い詩人だ。「羊の番人」から2篇が俳優によって朗読される。ポルトガル語の原文が伴奏のように響きわたる。字幕で流れていく言葉の一字一句が惜しまれる深遠な詩だ。ここでは、オリヴェイラ監督のペソアに対する強い敬愛の念が昇華されている。

物語が悲劇へむかっているのは冒頭からわかっている。そしてラスト、吊り下げられていたものが断ち切られたように、ひとりの人間の崩壊を目の当たりにする。なぜか、それまで陰気にしか鳴っていなかった教会の鐘がさんざめく。幸福なふたりを祝福しているはずの鐘が鳴り響く中、ルイザを捉えた“絵”が曰く言い難い心象風景を刻みつける。

それにしても、観終わった後のこの幸福感はどこからくるのだろう。物語という構造からではない。映画という全身全霊から漂う香気に包まれた悦びとでもいうのだろうか・・・。

文・大島憲治


監督・脚本・出演 マノエル・デ・オリヴェイラ
出演 リカルド・トレパ / カタリナ・ヴァレンシュタイン / ディオゴ・ドリア / ジュリア・ブイゼル / フィリペ・ヴァルガス
製作年 2007年
製作国 2009年 ポルトガル・フランス・スペイン合作ポルトガル映画
上映時間 64分
公式サイト http://www.bowjapan.com/singularidades/
2010年10月9日(土)より、日比谷 TOHOシネマズ シャンテにて公開、全国順次
画像提供 ©フランス映画社

【シネマレビュー - 関連記事】
シネマレビュー ミニシアターへの誘いトップ
>> Ricky ― リッキー
>> ルイーサ
>> ペルシャ猫を誰も知らない
>> マエストロ6
>> 闇の列車、光の旅
>> コロンブス 永遠の海
>> しかしそれだけではない。加藤周一 幽霊と語る
>> フローズン・リバー