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CINEMA REVIEW ミニシアターへの誘い

2010年6月29日掲載

湿った熱気に潜む若者たちの乾いた空気感

闇の列車、光の旅

闇の列車、光の旅


監督/ キャリー・ジョージ・フクナガ
キャスト/ パウリーナ・ガイタン/エドガー・フロレス

不法に国境を越える命懸けの旅

宣伝によれば、この映画は「移民問題」「ギャング」という中南米が現在抱える闇をリアルに捉えたロードムービー。
だがこの映画は、社会問題を大声で訴えるような類の映画では決してない。

2009年サンダンス映画祭での受賞をはじめ、数々の映画賞を受賞した本作。監督のケイリー・ジョージ・フクナガは、これが長編デビュー作となる。
ホンジュラス出身の少女サイラ(パウリナ・ガイタン)は、父親、叔父とともに自国を捨て、メキシコ経由でアメリカへと向かう。大勢の移民たちに混じって貨物列車の屋根に乗り込み、不法に国境を越える命懸けの旅だ。
その道中、サイラはギャング団に襲われたところを、同じギャング団の一員である青年カスペル(エドガール・フローレス)に助けられる。サイラを助けたことで、カスペルはギャング団から執拗に追われる身に。アメリカへの時間の中で、次第に距離を縮めていく二人だが……。

二律背反―2つの矛盾した印象

不思議な映画だと思った。
相反する印象を同時に感じさせる、アンビバレントな映画だ、と。というのも、映画は、じめっとした熱気で満ちているのに、乾いた印象を残すのだ。
湿っているのに乾いている。二律背反――2つの矛盾した印象を、この映画は同時に感じさせる。
湿った熱気を見せるのは、映像に映しとられた中南米の色や光の温度。ビビッドな色彩の景観、褐色の肌に湧く汗、飛び散る鮮血の色、そして移民たちが抱く自由・生への渇望……。睡眠不足の身体を駆け巡る、煮え立ったようなあの感触に似た、あるいは、目眩を起こしたときに身体の芯から沸きたつあのザワツキに似た熱さだ。そんな熱気の中を、主人公たち(そして私たち観客)を乗せた列車は移動していく。


闇の列車、光の旅では、乾いた印象とは。それはフクナガ監督が描き出した、サイラやカスペルたち若者の放つ空気感だ。
サイラは父親や叔父たち大人とは違い、アメリカに行きたいという願望があるのでも、未来への過剰な希望――オールドファッション化したかなわない夢――を抱いて自国を離れるのでもない。もちろん、父親と一緒に暮らすためにアメリカに向かうという目的はある。
だが、生きることを積極的に求めてというよりは、現状から逃避しているに過ぎない。あるいは、決められた運命に従っただけだ。
そして、カスペルは、生きることそのものから逃避している。ギャングたちから逃げる一方で、死がやってくるのをじっと待っている。映画の前半、カスペルの恋人が言う――「なんだかつまらない」。このセリフに象徴されるような、熱っぽくない彼らの様。それが乾いた印象を与えるのだ。

淡い愛のめばえと「生」への願望

サイラとカスペル、カスペルを追うギャングたち、そして大人たちと、複数の視点を交えて進行する映画は、圧倒的な濃密さを感じさせる。スクリーンに映った背景は、日本とはかけ離れた、どこか他の次元に存在しているかのようだ。けれど同時に、決して別世界のお伽話ではないリアルさを感じさせる。

サイラとカスペルは出会い、「愛」と呼ぶには淡すぎるかもしれないが、互いを想う感情が自分たちの中にあることを知る。そして、「生きたい」という願望が自分の内に煮えたぎっていることを自覚し、それまで受動的だった二人は、積極的に"生"に向かって生き始める。
だが、用意された二人の結末は……。
それでも生きる――そんな叫びが聞こえる作品。


文・平林ミカ

監督 キャリー・ジョージ・フクナガ(長編初監督)
キャスト パウリーナ・ガイタン/エドガー・フロレス
製作総指揮 ガエル・ガルシア・ベルナル/ディエゴ・ルナ他
原題 Sin Nombre
© Focus Features LLC. All Rights Reserved.
2009/アメリカ・メキシコ/シネマスコープ/ドルビーデジタル/スペイン語/ドラマ/96分
オフィシャルサイト http://www.yami-hikari.com/

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