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2010年10月15日掲載

音楽プロデューサー星川京児のルーツ・ミュージック・コラム このほしのあなたの知らない音楽

vol.11 声が音の粒となって見えてくる 正統、インド音楽の楽しみ方

北インドの古典声楽カヤール〜ビームセン・ジョーシー

北インドの古典声楽カヤール~ビームセン・ジョーシー
KICW-85085(キングレコード)

声楽がインド古典音楽の終着点と言われ、その最高峰に君臨するのがビームセン・ジョーシー。インドの至宝がこの1枚に。

音楽のランク付け、というと、ポップスとクラシックといったジャンルの違いを思い浮かべるかもしれません。でも、今回は同じジャンルのなかでの区別です。これは、音楽そのものの成り立ちとも関係するのではないかと思うのです。まず歌ありき。それを笛や絃でなぞるのが楽器の成立になり、歌を盛り上げるための位置付けとなり、結果、声楽が一番上ということになるのでしょう。

その傾向は、音楽というより歌のメッセージ性を重んじる邦楽や、文学が歌になり音楽になったペルシア(イラン)などにも見受けられますが、なによりもインドの古典において顕著です。

ものを食べる唇を使う笛よりは指先で弾く絃の方がランクが高く、獣皮を叩く太鼓はもっと下なんて冗談のような話もありますし、古典音楽のコンサートなどでトリを取るのは、ラヴィ・シャンカルのような一部例外を除くと、まず声楽なのです。オールナイトの場合、夕方は器楽で、明け方から朝にかけては声楽ばかりなんて、器楽ファンには泣きたくなるようなことだってあるのですから。

もともとインドでは、歌の模倣こそ楽器の使命。シタールやバーンスリー(横笛)の細かな音の揺れも、あの微妙な声のコントロールから生まれたものといえば、おわかりいただけるでしょうか。逆に、あまりにも技巧的な声楽テクニックゆえに、歌詞よりも緻密な音楽としての声が重要視されているのも事実。カヤール(北インドの古典声楽)というスタイルは、叙情性と即興性こそ命ですから。聴く方は、言葉がわからなくとも、その卓越した技術に酔えばいいというところもあります。最初は楽器に興味があっても、聴き続けると、声楽へ行ってしまうというのは、ある意味、正しいインド音楽の楽しみ方なのです。

人間国宝ともいえるビームセン・ジョーシー。これぞインド文化の極致ともいえる声の芸術。ライヴだと、声が音の粒となって見えてくるほど。それこそ忘我の音楽なのです。

星川京児 (民族音楽プロデューサー)

カヤール:ラーガ・プリヤ・ダナシュリ(夕暮れの戦士)


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