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2009年11月5日掲載

ドキュメンタリー映画で覚醒する! 世界を知らねば、世界は変わらない。買い付けから配給・上映まで行う、渋谷の“ちいさな牙城(マイクロシアター)”アップリンク代表 浅井 隆氏 に聞く

アップリンク・Xふとしたきっかけで、ドキュメンタリー映画を中心に上映する映画館があることを知る。あるウェブサイトで、アップリンク・Xというテキストをクリックしてみたら、ひらいたサイトには、見なれないタイトルの映画がアラカルトメニューよろしく、ずらりと並んでいた。

―33年間の拷問と投獄、チベット僧パルデン・ギャツォの不屈の精神を描いた『雪の下の炎』。女優が自閉症の妹を25年の歳月をかけて撮影した『彼女の名はサビーヌ』・・・。シネコンではまずお目にかかれないだろう作品の数々。レアな作品のラインナップといってもいい。そのタイトルとキャプションを目で追うだけで、未知の世界へ誘われるように気持ちが高ぶってくる。渋谷・宇田川町にアップリンクはある。「マイクロシアター」と自ら称するだけに、みごとに小さい。2階にあるアップリンク・Xは、収容40人。作品は、DLPプロジェクターにより120インチのスクリーンに上映される。日本一ちいさな映画館ということだが、なにも最少のキャパを自慢しているわけでも、この小スペースが価値を生んでいるということでもない。アップリンクの存在価値は、自ら作品の買い付け・配給を行い、自分たちのシアターで上映するということにある。しかも、ドキュメンタリー映画をコアとするところに、この“ちいさな牙城”の主張性を感じた。
アップリンク代表の浅井隆(あさい・たかし)氏を渋谷に訪ね、話を伺った。

(取材/文 大島憲治 ・ 撮影 生井弘美)

社会派作品だけがドキュメンタリーじゃない

浅井隆氏ドキュメンタリー映画というと、古くは小川紳介の三里塚闘争シリーズや佐藤真『阿賀に生きる』、原一男『ゆきゆきて、神軍』という社会派作品がまっさきに頭に浮かぶ。アップリンクの配給作品のなかにも、パレスチナ・イスラエル問題をはじめ少数民族の弾圧や貧困などをテーマとした社会派ドキュメンタリーの数は多い。浅井氏はいまどのようにドキュメンタリー映画を捉えているのだろうか。

「カンヌ映画祭やベネチア映画祭でマイケル・ムーアの作品が上映されるなど、いわゆる社会派ドキュメンタリー映画もそれなりに注目を浴びるようになりましたよね。アップリンクでも、もちろんそういった社会派作品の配給・上映も行っています。でも、ドキュメンタリーはそれだけではない。たとえば、ローリング・ストーンズの『シャイン・ア・ライト』、マイケル・ジャクソンの『ディス・イズ・イット』も、音楽のドキュメンタリーです。日本だと、ドキュメンタリー映画というと、すぐに社会問題に取り組んだ映画という反応があるけれど、それに限定されるものではないですよね」

人の心を豊かにさせるのは、やっぱりアート系

DVD『消えたフェルメールを探して』浅井氏は、ドキュメンタリー映画は大きく社会派とアート系に分けられると話す。たしかにアップリンクの配給リストをみると、キース・リチャーズなどのミュージシャンが尊敬してやまないレス・ポールを語る『レス・ポールの伝説』や、画家フェルメールの盗まれた作品を絵画探偵が追うドキュメント『消えたフェルメールを探して』など、いわゆるストレートな社会問題から離れたテーマの作品も少なくない。

リストラや派遣切り、自殺者の増加など、いまの日本の混迷した状況が“社会問題”をテーマとするドキュメンタリー映画に人々の足を向けさせることはないか? じつはインタビューの冒頭で、そんな質問を浅井氏にぶつけたのだが、それに対してはやんわりと異を唱えられてしまった。

浅井隆氏「社会が暗いから社会派ドキュメンタリー映画に人々の関心が向かうというのは、ちょっとどうなのかなあ・・・」ウーン、としばらく考えて浅井氏はつづける。「社会のシステム的な問題に目を向けることも大切だけれども、それと人の心を豊かにするということはまた別ですよ。社会のシステムに問題があれば、それは改善されたほうがいい。しかし、それがたとえ改善されたとしても、心を豊かにできるかどうかという部分はかならず残る。 年金問題が解決しても幸福の問題は全然別なところにあり続ける。そうした面は、やっぱりアートじゃないとなかなか補えない。だから社会派も必要だし、アート系も必要、つまり両方が必要だと思う。アップリンクでも、フィクション、ドキュメンタリーを問わず、社会派とアート系の2本柱で配給・上映を行っていますしね」。

アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭、コペンハーゲン国際ドキュメンタリー映画祭、トロントで開催されるホットドッグ映画祭など、ドキュメンタリー映画を一堂に集めた映画祭が毎年開かれる。浅井氏は作品の買い付けで世界を飛びまわる。このジャンルは、テレビ局のニーズが最も高いということだが、そういった映画祭でドキュメンタリー映画の買い付けを行っているのはNHKとアップリンクだけだという。

<デレク・ジャーマン>ブームの火付け役

アップリンク・ギャラリーアップリンクが、現在の地、渋谷・宇田川町に拠点を構えたのは1995年。設立はさらに遡って1987年となる。設立者であり、代表取締役である浅井隆氏は、かつて3大アングラ劇団の一つ、寺山修司率いる「天井桟敷」の舞台監督を務めた経歴を持つ。寺山亡き後、自ら新しい劇団を立ち上げるも、行き詰まってしまう。雑誌制作の仕事などを経て、やがて映画の世界に入りこむ。はじめて買い付け、配給したのはデレク・ジャーマンの『エンジェリック・カンバセーション』。その後、『ラスト・オブ・イングランド』『ザ・ガーデン』などを次々と配給。日本のアートシアターシーンに「デレク・ジャーマン」ブームをもたらしたのは浅井氏だった。さらに、配給だけでなく、いまでは世界にその名を知られる黒沢清監督の『アカルイミライ』のプロデュースも行った。

『アカルイミライ』天才、寺山修司から受け継いだDNAはありますかと訊いてみたが、きっぱりと、それはないという答えが返ってきた。「ふつうの人ですよ」ぽつりと洩らしたのが、逆に印象的だった。ただ、「天井桟敷」にいて一番自分の財産となったのは、海外公演で世界の文化拠点を回れたことだという。そこでコンテンポラリーダンスのモーリス・ベジャールやピーター・ブルックなど、一流のアーティスト達と同じ舞台に立った。それは何にも代え難い貴重な経験だったろう。また、ロンドンやニューヨークなどで、シアタースペースやカフェ、ギャラリーなどが一体となったカルチャーセンター的な場所を知ったことも大きかったようだ。後にその体験が、渋谷にアップリンクという場を誕生させたのである。