2010年3月4日掲載

特集 銀河と地球のはざまを生きて― 世紀を越える旅人 ななおさかき プロローグ ― 変わるべき人類の一歩先をゆく

へのへのもへの 無駄口をたたくひまあれば 本読みな 本読むひまあれば 歩け山を海を砂漠を 歩くひまあれば 歌え踊れ 踊るひまあれば 黙って座れ おめでたい へのへのもへの 読者諸君 ななおさかきプロフィール /  詩「ななお」アレン・ギンズバーグ(原成吉訳) 詩「雪の海漕いで行く」

針の穴を通った象

先頭を歩くのが、ななおさかき。その後ろ、白い帽子をかぶっているのがゲーリー・スナイダー。

だれも真似できない生き方を貫いたひとりの人間がいた。かれの名は、ななお さかき。すでにこの世にはいない。ななおがこの世に置いていったのは、数十編の詩とかれを愛してやまない仲間たち、そして仲間たちをつなぐ目に見えない強いネットワーク。

家を持たず、カネを稼がず、家庭も築かず、帰るふるさともなく、生涯のほとんどを旅して過ごした。悲壮感などひとかけらもなく、凛々として森を歩き、山脈を越え、砂漠を踏みしめ、河と海を渡りながら、大地と天を畏友とした。大雪山系から南西諸島まで日本列島はその高低を問わず、くまなく歩き尽くされ、その行路は、北アメリカ大陸、ヨーロッパ、中国大陸、オセアニアに広がり、気に入った土地があれば何ヶ月も滞在した。無一文だが、頑健な身体とよく響きわたる声、博物学的な好奇心と何にも束縛されない自由な時間、人々との交流を最大の財産として、十全の生命を謳歌した。労働と稼ぎ、文明社会の最大の呪縛から解放されて、どうやって85歳の天寿をまっとうできたのか、不思議といえば、じつに不思議なことだ。みるからに仙人、隠遁者の風貌だが、神秘的ともいえるその実存性によって、「生計を立てる」という市民の義務から免除されたのか。ポップスターが使う比喩でもなんでもなく、ななおは生きた吟遊詩人でもあった。皆に愛される詩を吟唱し、旅の話を併せ聞かせながら、饗宴のもてなしを受け、夜のねぐらも確保した。ななおは、古代でしかあり得なかった生き方を現代のなかに通したかにみえる。針の穴のなかに象を通すように。

珊瑚礁は僕の鏡

ななおは、詩人と呼ばれるのを避け、自らフーテンと称するのを好んだ。しかし、かれは生涯を通じて学び、そして行動した人でもある。学ぶ領域は、東西を問わず、また英語圏の書物も渉猟し、文学・哲学はもとより、歴史、民俗学、天文、動植物・地理など、人文学から自然科学まで及んだ。

ななおさかき ななおは、企業が右へならえの「地球環境を守ろう」の大合唱を繰り広げるはるか前から、自然破壊に血道を上げる企業や国・自治体と戦ってきた。屋久島の樹齢千年を超える屋久杉の伐採に抗議行動を起こしたのは1955年のことだ。1974年には、トカラ列島・諏訪之瀬島のヤマハ・レジャーランド開発ボイコット運動を、当時滞在していたアメリカからアレン・ギンズバーグ、ゲーリー・スナイダーを巻き込んで支援した。そのほかにも、カリフォルニアのレッドウッドの保護運動、北海道の知床の原生林を守るキャンプへの参加、石垣島・白保の珊瑚礁(さんごしょう)を守るための活動、河口堰に反対する長良川行進など、さまざまな人たちと連帯しながら、多岐にわたる行動をつづけてきた。

「ぼくらの惑星の中で最も素晴らしい所は、氷河と砂漠と、草原と原生林と、そして珊瑚礁だ。そこには、たくさんのエネルギーがある。・・・(中略)だから僕にとって珊瑚礁というのは、別の世界ではない。ほとんど僕自身、僕にとっては鏡のようなものなんだ」(インタビュー:「森と水の詩人」−『ココペリ』より)

ななおにとって、自然とは自分自身でもあった。それが破壊されていくのは悲しいというよりも、痛みをともなうものだったろう。発展と繁栄の名のもと、あるいは平和という大儀により、現代社会と現代人が行ってきた地球と生命と自然に対する暴挙の数々、絶望的ともいえる所業とその影響の深刻さ。ときに、ななおの詩のなかに込められたアイロニーは強烈だ。しかし、絶望はしない。この戦いは、生きているあいだ、人の一生程度の時間のなかで決着のつくものではない、と仲間たちにハッパをかける。

世紀を越えるレボリューション

ななおさかき

あの強靱さとしなやかさ、大らかさと充溢した存在を知れば知るほど、ななおという生き方にあこがれを抱く。そして、もちろん畏(おそ)れも抱かざるを得ない。一生に亘って、家もなく、家族も持たず、一切の生計を放棄して生きていく・・・そんな人生を想像するだけでも身がすくむ。仲間たちが主催するイベントや祭りへの参加、詩の朗読会で、陽気に、そしてくつろいだ表情のななおの映像を見ることができる。しかし、かれが黙々と夜の国道を歩いたり、海辺の洞窟に眠ったり、空腹に襲われながら一人、旅をつづけている場面を、われわれが知ることはない。

ななおのように生きることはできない。不可能である。しかし、ななおが踏破した世界、かれの目に飛び込んできた光景、銀河宇宙とつながったかれの脳神経のきらめき、巨視的なものから微小なものまで、森羅万象さまざまな出会いを、われわれは少し知ることができる。詩という作品から、あるいはだれかの思い出話から、触れ、感じ、学ぶことができる。それだけでも、われわれは、現代という最たる病から解かれるだろう。閉じられていたもの、閉じていたものが同時にひらかれ、遊星が横切るようにわれわれのなかで何かが起こり、何かが生まれる。それがどの程度作用するかは、人それぞれの資質にもよるだろう。それがたとえちいさな変化であろうとも、もし、自我という固形物からわずかでも真理が溶け出すことができたなら、そのエッセンスは宇宙にひろがっていくのではないだろうか。それは、その人間に起こったレボリューションであると同時に宇宙で起こった進化だと思う。この革命は、世紀を越えていかねばならない。ななお さかきは、変わるべき人類の一歩先をいまも歩いているはずだ。

(文/ 大島憲治)

ななおさかきプロフィール /  詩「ななお」アレン・ギンズバーグ(原成吉訳) 詩「雪の海漕いで行く」

−おことわり−
詩の掲載にあたっては、ななお さかきの著作権管理を行っている「地球Bななおファンド」の承認を得ています。
また、ななお さかきとその関係者の写真に関して、とくにクレジット表示のないものについては、田村正信氏からご提供いただいた素材を使用しています。撮影者の氏名等は省略させていただいていますが、もし、掲載写真に不都合があれば、「この惑星」編集部までご一報ください。迅速に対応させていただきます。


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