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2009年10月22日掲載

東京異国物語 vol.2 パワーよりも精神力、そして、芸術ともいうべき戦術。タイの国技「ムエタイ」の技と心を伝える。ムエタイ・トレーナー ティアンチャイ・コーキンさん(タイ)

テレビの特番ともなる格闘技イベントでは、小柄なムエタイ出身の選手が、巨漢の西洋人ファイターに強烈なひざ蹴りを喰らわせてダウンを奪う、そんな息をのむようなシーンを見ることがある。
タイの国技といわれる格闘技「ムエタイ」。試合前に選手がリング上で舞う、勝利の祈りや師匠への感謝を表す「ワイクルー」の踊りには、何とも言えぬ神秘さがあって格闘技の好き嫌いにかかわらず、思わず引き込まれてしまう。
ムエタイ、その特異な格闘技で生きてきたという男は、いったいどんなオーラを発し、どれほどの眼光の持ち主なのか・・・畏怖感と好奇心が混じった気持ちで取材を行った。

(取材・文 長尾弥生 / 写真 生井弘美)

クールな瞳の“ミスター・ヨー”

ジムでの練習風景

渋谷の格闘技ジムに現れたのは、タイ語で“ムエタイ”と大きくプリントされたパンツ姿のクールな瞳の男だ。本名ティアンチャイ・コーキン、通称ヨー。33歳。このジムで週5日ムエタイを指導している。

主なトレーニングの一つ、ミット打ちを見学した。肘(ひじ)まで覆う厚いミットに、ひざ蹴り対策の厚いクッションをお腹に巻いて、プロが放つ重量キックをバッシンバッシンと受けとめる。こちらまで体にウッと力が入るほどのド迫力だ。

ジムの中は熱気がこもり始め、床のビニールマットが練習生たちの汗の雫(しずく)で濡れてきた。すると、今度はモップを持って現れたミスター・ヨー。床の汗を拭きながら、同僚のタイ人トレーナーが読むタイ語のムエタイ雑誌を覗き込み、奥のリングへ行ってはジムお抱えの世界チャンピオンと軽いトーク。そしてサンドバッグの練習スペースに戻ると、数名いる初心者に自らお手本を示してアドバイス。
こうしてみんなの間を自在に動き回る彼は、どうやらジムでも愛される存在のようだ。
「マジメな男ですよ。初心者からプロまで、わけ隔てなく丁寧に指導する人。うちにはもう欠かせない存在です」と、ジムのオーナーも厚い信頼を寄せている。

9歳でジムの門を叩き、中学生でプロ選手

ティアンチャイ・コーキンさん

首都バンコクから北へ車で3時間半。遺跡でも有名なロッブリー県の小さな村で、7人兄弟の4番目として生まれた。父親が教師とはいえ、大家族ならではの楽とはいえない暮らしだ。勉強よりも体を動かすことが得意な少年は、夕方になると友だちと連れだって、村にあるムエタイジムに遊びにいった。年上の兄貴分たちの練習する姿は憧れだ。「あんな風にカッコよくなりたい」と、少年たちは見よう見まねでムエタイの動きを覚えていく。

ヨー少年は9歳でムエタイジムに正式入門した。朝は16〜17q走ってから学校へ行き、夕方は1時間半ほど練習をするという日々。ムエタイの腕もメキメキ上達した。そのうち試合のプロモーターに見込まれて、アマチュア試合にも参戦するようになる。

「試合をしてギャラをもらえば、親にお金の心配をかけないで済む。ファイトマネーを稼いで学校に行ってたんだ」

中学生でありながらムエタイ選手で活躍するヨー少年。その才能を見込んだトレーナーは、「卒業したらバンコクで腕を磨いてこい」と言った。
「高校に行って英語でも勉強しておけばよかった、って今なら思うよ。でも、そのときは外国で暮らすなんて夢にも思ってなかった。だから迷わずバンコクに行ったんだ」。

ムエタイは芸術だ!

もともとはサッカー好きだったヨー少年だが、ムエタイを本格的に始めた理由は、「心が強い人になりたかったから」。

“タイ”の“闘い”を意味する“ムエタイ”は、両手、両肘、両足、両ひざの全身を駆使する世界最強レベルの格闘技であり、しかも「国宝であり、芸術である」。ムエタイ選手がこの格闘技に誇りを持つのは当然だ。

パワーで相手を叩きのめし、力尽きるまで戦うのではない。最終ラウンドのゴングが鳴るまでに、どれだけ美しい技を保ちながら、観客をあっと言わせるような試合を展開させられたか。例えば、4ラウンドまでは遅々たる攻防だったのが、最後の第5ラウンドで、驚くような技とともに鮮やかな決着をつける。そんな劇的なストーリーが描ける選手こそ、リングサイドで賭けに興じる観客たちをいっそう熱狂させる。

パワーよりも精神力、そして、芸術ともいうべき戦術。「心が強い」とは、そうした能力を持ち、発揮すること。ヨー少年を虜(とりこ)にしたムエタイの魅力がそこにある。