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2009年12月22日掲載

東京異国物語 vol.4 子どもたちの傷ついた心を芸術で癒やしたい 「国境なきアーティストたち」代表 エクトル・シエラさん

♪Umm〜Umm〜・・・。ドアの向こう側からラテンの陽気なハミングが聞こえてきた。チャイムを鳴らすと、玄関口に朗らかな声の持ち主があらわれた。
「聞こえました? 恥ずかしい! キューバの歌を練習していました。でも、本当に下手ですから」
コロンビア人、エクトル・シエラさん、その彫りの深い顔が少し紅潮している。絵本作家であり、映像作家であり、詩人でもある彼は、戦災や紛争の被害を受けた子どもたちをアートで支えるNGO“国境なきアーティストたち”の主宰者でもある。

(取材・文 長尾弥生

国民の1割が難民、失業率20%の祖国コロンビア

エクトル・シエラさんNGO事務局の隣に面する六義園(東京・駒込)で、美しい紅葉に囲まれて、エクトルさんは15年ぶりに帰ったという母国コロンビアのことを語り始めた。

「残念ながら状況は悪化して、難民が増えていました」

国内避難民。コロンビアではもう50年以上も内戦のような状態が続いている。政府軍と反政府軍である左派ゲリラの抗争。そのゲリラと右派民兵組織の抗争。それぞれの武装組織は、活動資金を調達するために誘拐による身代金要求を繰り返す。要求に応じなければ、殺害するのもためらわない。また麻薬の生産と密売を行っている。

カスゥカ、ボゴタのスラム

町の名前 CAZUCA(カスゥカ)、ボゴタのスラム。人口は70,000人、そのうち70%は国内難民。(El acueducto para 70000 habitantes.)70,000人が使う水道

「ゲリラとの対立、民兵との対立、麻薬カルテルとの対立。その間に一般の国民がいます。農村の半分は紛争地域です。殺される人もたくさんいる。人々は巻き込まれないように自分たちで逃げる場合もあれば、武器と力を持っている民兵に簡単に土地や家を奪われて追い出されることもあります。そういう人たちがたどりつく先が、都会のスラムです」

難民は国民の約1割にあたる420万人といわれる。その数は、ダルフール紛争の記憶も新しいスーダン、コンゴに次いで世界で3番目。しかしメディアではあまり報道されない。
「難民は、例えば昨日が10人、今日が20人というように各地のスラムに毎日ばらばらと現れる。一気にみんなが追い出されるわけじゃないから“人道的危機”と認められないのです。それに撮影も取材も難しいから、なかなかニュースに取り上げられません」
命からがら逃げのびてたどりついたスラム。粗末で不衛生な小屋が密集するエリアに、あふれるような数の人が暮らす。失業率20%の国で、教育も満足に受けられなかった人たちがいったいどうやって食いつないでいくのか。
「悲しいことに“暴力”です。民兵になったり、ゲリラになったり、麻薬に関わったり、そして一般の犯罪者になる人が少なくない。ギャングになってお金がある人たちを襲ったりするんです」

「先生、折り紙で“子どもを殴っている親”も折れますか?」

難民の学校の教室

難民の学校の教室

「家族ごっこ」で遊んでいるカスゥカ・スラムの子どもたち

「家族ごっこ」で遊んでいるカスゥカ・スラムの子どもたち

一番の犠牲者は子どもたちだ。身近に暴力があふれている。大人が殺し合い、人を襲い襲われるのを目の当たりにし、家庭でも親から暴力を受けることが多い。
首都ボゴタ近郊にあるスラムに行き、ボランティア施設で子どもたちに折り紙を教えたときのことだ。
「先生、ゾウは折れますか?」
「先生、恐竜は折れますか?」
「先生、先生、子どもを殴っている親も折れますか?」
エクトルさんは言葉もなくなったという。親は子どもたちに暴力をふるう存在なのだ。その親を折る。ブラックジョークにしても悲しすぎる。
別のスラムでは、子どもがベルトを持ってほかの子を追いかけていた。追われる子は「殴らないでー」とワーワー泣いている。しかしどうも本気じゃない。おかしいと思い、「何をしてるの?」と聞いてみると、「家族ごっこだよ。遊んでるの」と言う。暴力はこの子たちの日常なのだ。
エクトルさんは世界各地の過酷な現場へ足を運び、子どもたちに接してきた。ニューヨークのハーレムの子どもたち、コロンビアのスラムの子どもたち。家庭でも社会でも暴力で育てられた子どもは暴力しか知らない。破壊の力が生きる術という残酷な現場では、男の子も女の子も、自分を守るために暴力を身につけざるを得ないのだ。

アートを通じて笑顔が増えてほしい

1998年、大学院の卒業制作で民族紛争のドキュメンタリーを撮るために、セルビア人とアルバニア人の間で緊張が高まっていたコソヴォへ向かった。滞在中に空爆が始まり、戦争に突入。さすがにそのまま撮影を続けることはできず逃げ帰ると、現地からは「何とかして!」と訴えるメールが連日届いた。
一人の人間として、一人のアーティストとして、自分に何ができるのか。医薬品や食料といった物資の援助は国連や各国NGOがやっている。それなら芸術の力で、人々の傷ついた心を癒やせないだろうか。

折り紙を折る子どもたち

折り紙。難しそう・・・、日本の子たちのように一生懸命折っています

折り紙を折る子どもたち

折り紙は楽しいぞ!

哲学者アリストテレスは、ギリシャ悲劇について語っている。主人公の苦しみに同情し、哀れみや恐れを抱くことで“カタルシス(精神の浄化)”を得ることができると。そのカタルシスは、悲劇に限らず芸術全般に通じるもの、とエクトルさんは考える。「私たちは映画や小説や漫画やドラマをわざわざお金を払って見たり、読んだりします。登場人物に共感して、泣いたり笑ったりしながら無意識のうちに心を浄化し、癒やしているのです。」

戦災地や紛争地の人々、特に立ち直る術を知らない心の傷ついた子どもたちに、表現という方法によって“心の浄化”を行うことが必要ではないか。ならば、彼らに芸術の種をまいてみよう。そして1999年、エクトルさんはNGO“国境なきアーティストたち”を立ち上げる。
コソヴォへ戻り、さらに東チモール、アフガニスタン、グルジア、そして9.11後のニューヨークなど世界中の戦災地を巡り、ワークショップを行った。子どもたちと折り紙を折り、クレヨンで絵を描いた。太陽を黒く塗りつぶした子もいたが、一枚描くと少し心が楽になったように見えた。あふれる激情を絵にぶつけると、今度はもっと冷静に現実を描けるようになった。平和の国である日本の子どもたちが書いた“和”や“愛”といった習字のメッセージも届けた。つらそうにしていた子も、遠い日本の友だちに何かを伝えようという気持ちを持てるようになった。
「子どもたちの生きるつらさを少しでも和らげたい。アートを通じて笑顔が増えてほしい。」エクトルさんは機会が得られる限り、この活動を続けたいと考えている。