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2010年1月28日掲載

世の中は自分一人で生きてるんじゃない。みんなの幸せこそ、ぼくの幸せ。TENSAIS MC'S 石川ホベルトさん(日系ブラジル人2世)

ヒップホップのラッパーといえば、腰パンのだぼだぼファッションに、シルバーのアクセサリーをじゃらじゃら下げて、肩を揺らしながら「ィヨォゥ!」、なんていうイメージだったが、MC BETO(エムシー・ベト)は違った。グレーのハイネックセーターにジーンズという一般男子の出で立ちで、物腰も柔らかい。
「憧れてヒップホップの世界に入ったわけじゃないんです。自分のやりたいことを実現できるのがヒップホップでした」
韻を踏みながらしゃべるように歌うラップには、思いのたけをぶつけることができた。愛や平和について、差別や偏見や派遣切りについて、筋の一本通ったラッパーは、社会に向けて、いろいろな人に向けて、熱く温かいメッセージを放ってきた。

(取材・文 長尾弥生

日本人が外国人を嫌いなら、ぼくだって日本人は嫌い

MC BETOこと石川ホベルトさんは日系ブラジル人2世。日本人技術者の父とブラジル人の母をもち、大都会サンパウロで生まれ育った。ロックやハウスミュージックを聴き、映画はもちろんハリウッド、マクドナルドではハンバーガーをほおばった。自分も周りの友だちも、みんなが憧れていたカッコいいアメリカ文化。ブラジルの国民的音楽であるサンバやボサノバなんて、「古くさくてカッコ悪くて、ぜんぜん興味なかったです」。

来日したのは1990年、17歳のときだ。先に日本で働いていた父に呼ばれて、“デカセギ”にやってきた。日本人がやりたがらない3Kの仕事に就き、安い給料の中から、病気でブラジルに残った母の治療費や日本で学校に通い始めた妹たちの学費を捻出した。

自分に流れている日本の血。故郷ブラジルでは“ジャパニーズ”と呼ばれてきたが、実際の日本は未知の国だった。サンパウロの家ではポルトガル語、日本の生活様式からも縁遠く、日本に来てみたら言葉も何もわからないことだらけ。しゃべれないから友だちもできず、地域にも入り込めず、疎外感を味わった。

撮影 黒柳西紀

「日系人は外国人。日本人は外国人が嫌いなんだ。それならぼくだって日本人は嫌いだ」
多感な年頃の青年が感じたのは差別と偏見だ。そのストレスのはけ口はクラブのフロア。ヒップホップの音楽に合わせて、大好きなブレイクダンスに没頭した。

ある日そのクラブで、ヒップホップが好きという日本人に出会った。ラップもいいけどダンスもすげぇいいよな。グラフィティってカッコイイな。言葉は足らなくても、少しずつ気持ちが通じあう。
「なんだ、同じものが好きなら、国なんて関係ないじゃないか」
ようやく日本人の友だちができた。

「結局、ぼくが感じていた差別感というのは思い込みだったんですね。日本人はシャイで近づいてこないだけ。でも、こっちから近づけば友だちになれる。クラブを通じて、日本や日本人のことをいろいろ学びました。それから日本語の勉強もちゃんとやりだしたんです」

サンバは嫌いだった。でも、今は誇りに思う

日本人と知り合う機会が増えてくると、サンバやボサノバ、カボエラなどのことをよく聞かれるようになった。そんなの古くて興味ない。でもちょっと待てよ。自分は生まれた国のことを何も知らなくて、日本人の方がよっぽどブラジルの文化に詳しい。しかも愛している。これって、恥ずかしいことじゃないか? ホベルトさんは、そう思うようになる。

「僕は負けず嫌いだから(笑)、彼らに頭を下げて教えてもらいました。抵抗があったサンバも勉強したし、ボサノバも聴くようになりました。彼らのおかげで、初めて自分のルーツを大切にしたいと思うようになったんです」

日本人のDNAを持ち、アメリカの文化に影響されて、ブラジルで育ち、日本で暮らしている。さまざまなバックグラウンドがある自分の価値にようやく気づく。それぞれのユニークな要素を“いいとこ取り”して、自分にしかない新しい感性を生み出せばいい。

ヒップホップは踊るだけのものではない。もともと、ニューヨークのダウンタウンで暴力に代わる表現方法として生まれた音楽であり、ダンスであり、アートでもある。自分の中に湧き上がる思いやメッセージをリアルに伝えたい、そう思うようになったホベルトさんは、それらの言葉を“ラップ”という形で発信しはじめた。サンバやボサノバを感じさせるビートと、ポルトガル語に日本語をミックスしたラップ。ホベルトさんにしかできないヒップホップが生まれていた。

多文化共生は自分自身でもある

撮影 黒柳西紀

ホベルトさんをリーダーに、日系ブラジル人4名と日本人3名で結成した国際派ヒップホップグループのTENSAIS MC’S (テンサイズ)。2003年の結成直後にライブを依頼されたのが、国際交流を進めるNGOエスニック・ジャパンのイベントだった。

ハーフの子どもたちや外国人だけではなく、そこには不登校や引きこもりの子どもたち、マイノリティの人たちもいて、彼らを取り巻く問題を初めて知った。自分よりずっと大変な状況で生きている人たちがいる。そのことに気づいたホベルトさんの心が動いた。音楽にのせて自身や社会の問題を訴えるだけじゃない、自分たちのパフォーマンスでいろいろな人を勇気づけたい。

エスニック・ジャパンがめざす“多文化共生”は、自分のバックグラウンドにも重なった。出身のブラジルは多民族の国。いろんな肌の色の人がいて、いろんな文化や宗教があって当たり前、世界の縮図みたいな国だ。TENSAI’S だって多文化共生そのものじゃないか。ホベルトさんは、最新曲“MestiSoul(メスティ・ソウル)”で、「オレたちはブラジル人だ。世界のどこにでもいる人種だ」とその共生スピリットをミックスカルチャーのリズムにのせて歌う。タイトルの意味は、メスティソ(=混血)とソウル(=魂)を結び合わせた造語だ。

今年から、コミュニティラジオのエフエム戸塚で、多文化共生を応援するラジオ番組「VOICE」が始まった。国際交流イベントで知り合い、意気投合した日本人大学生ラッパーのMC Fizz(エムシー・フィズ)と一緒にパーソナリティを務め、国籍や年齢や性別やそのほかいろんな垣根を取り払って、みんなが互いに理解し、支え合う幸せな地域を作っていこう、と熱く呼びかける。