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  3. 千駄木でネパール料理店を営むシャルマ・チェトンさん

2010年4月1日掲載

家族、お客さん、友達。みんなが支えてくれたから無我夢中でがんばってこれた。ネパール料理店 シャルマ・チェトンさん(ネパール)

世界最高峰のエベレストを有するヒマラヤ山脈に沿って、東西に広がるネパール。北はチベットに、東西南の三方はインドに接する、人口およそ3000万人の国だ。10年ほど前に初めて行ったとき、美男美女が多くて驚いた。彼らの彫りの深い整った顔立ちは濃すぎず、切れ長だけれど大きな目は温かい。外国人慣れしていないのか、控えめで素朴な受け答えには心和まされた。若い女性たちが着ているサリーがカラフルで、小学生の女の子たちが長いおさげの先に赤いリボンを結んでいたのを思い出す。乾いた空気の街で、夕方になるとあちこちで灯りはじめるカンテラの温かい光が、まるで映画のセットのようにきれいだった。

曼荼羅東京の下町である千駄木に、ネパール料理店を営むチェトンさん一家を訪ねた。奥さんのインジュナさんは、伝統絵画から抜け出てきたようなネパール美女で、笑顔も優しい。2人の小学生の娘さんたちもママ似の美人だ。そして夫でありパパであるチェトンさん。彫りは深いが、ちょっと眉尻の下がった幸せ顔。初対面なのに気心知れた友人といるような、うれしい錯覚に陥った。

(取材・文 長尾弥生

おいしい料理と笑いにあふれたネパール&インド食堂

ネパール料理店「ミルミレ」白い素朴な壁にキラキラのモザイクで描かれた「ミルミレ」の文字。ネパール語で「あけぼの」という意味のこの店が、チェトンさんのネパール&インド食堂だ。一歩足を踏み入れれば、ここが東京のど真ん中であることをすっかり忘れてしまう。ネパールの国旗やチベット密教の曼陀羅(まんだら)に、ヒマラヤの写真や民族楽器のシタール、チェトンさんが衝動買いした雑貨にお客さんたちが持ち寄った旅先のおみやげの数々、そしてお酒の大びん小びんなどが、カウンターに棚に壁にところ狭しと飾られ置かれている。

はて、ここは雑貨屋か、飲み屋か、山小屋か。しかしチェトンさんとの楽しいおしゃべりが始まれば、そんな疑問はどこへやら。インジュナさんが前の晩から仕込んだ自家製カレーを口にすれば、ただただ幸せな気分になる。ここはなんとも居心地のいい場所なのだ。

1日1日をコツコツやるだけ。国には10年帰っていない

ミルミレがオープンしたのは2000年。カレー専門店に勤めていたチェトンさんは、「もっと自分らしく店をやりたい」との思いから、故郷の家庭料理でもてなすこのレストランを始めた。雇われだったが店長となり、厨房も接客もすべて一人でこなし、日中はよそでアルバイトをする妻に代わって子どもたちの保育園の送り迎えも務めた。

シャルマ・チェトンさん「やりたいことができたのはうれしい。でも、商売はやっぱり大変ね。"家庭料理"って聞こえはいいけど、家庭でお客さん向けのごちそうを毎日作り続けるということなの。それは体力とガッツがないとできない。小さな店だから売上は大きくないし、そのなかから家賃も払い、家族も養うとなると、一日一日、ひと月ひと月をコツコツやるだけ。お金も時間も余裕がないから、この店を始めてからは一回もネパールに帰ってないよ」。
ママチャリの後ろに小さな子どもを乗せて走るチェトンさんは、街ではちょっと知られた存在だった。あのネパールの夫婦はがんばってるねぇ。近所の人たちもきっと心の中でエールを送っていたことだろう。

ほうれん草のカレーお客さんはもちろん応援した、いや、否応にも応援させられた。特に保育園のお迎え時間の15時が迫ると、チェトンさんはそわそわした。そして「カレー食べながら待っててくれる?」と言い残して、しばしば店を出ていった。「ついでに、電話があったら出ておいてくれる?」と頼まれた一見(いちげん)さんは驚いた。「せめて、レジのお金は持って行ってくださいよ」ととっさに返したが、「ダイジョーブ、ダイジョーブ」とチェトンさんは保育園に向かってしまった。
「うちはお金がたくさんあるわけじゃないでしょ。どうせレジに入ってるのは2~3万。それで生きていけるなら持っていけばいい。万が一なくなっても、僕たちは何とか生きていけるから。それよりもお迎えに遅れちゃうことの方がずっと問題だよ」。
ほどなく子どもの手を引いて「タダイマ〜」と笑顔で戻ってくるチェトンさん。レジのお金にはもちろん誰も手をつけなかった。
「人は疑うよりも信用しちゃった方がいいんだよ。まぁ、たまにへそまがりもいるけどね!」。

お金儲けだけが商売じゃない。お客さんとのつきあいはお金に代えられないもの

ミルミレ

左の白いお面は、大陽の神様“スリエ”。ヒンズー教徒は、スリエに水をあげて、毎日祈りを捧げる。

2007年にはミルミレのオーナーとなり、2008年には池袋に2号店も出した。その後、タイミング悪く不況の波とぶつかった。「黒字にするのは本当に大変だよ」と言って眉尻もちょっと下がったが、チェトンさんには信じることがある。
「同じようにネパール料理をやっている知り合いがいてね、その人は日本語ができないけどもっと成功している。金儲けのことしか考えてないからね。でも私はお客さんと自然に親しくなるでしょ。それを見て、"そんなに親しくしてどうするの"って言われたの。すごく違和感があった。経営者として利益を上げるのはすごく大事だってわかるけど、お客さんとの会話やつきあいはお金でできない楽しみでしょ。それが店をやる魅力でもあるのに」。
チェトンさんが作った"店"という場にお客さんはやってくる。そして、手間をかけたおいしい家庭料理を食べて幸せな時間を過ごし、お金を払う。確かにガッポガッポと儲かるビジネスモデルではないかもしれないが、お金は素直に巡り、集う人はお互い満足している。じつはそれこそ、商売のあるべき姿ではないかと思うのだ。