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  3. 千駄木でネパール料理店を営むシャルマ・チェトンさん

自分の力を試しに日本へ行こう

ちょっとしたアクセントの違いはあるものの、チェトンさんは日本語でごく自然に会話する。日本語を学んだのは故郷のカトマンズ。現地に駐在する日本人たちとお酒を酌み交わしながら語学力を磨いた。

シャルマ・チェトンさん「飲み会に誘われて初めて行ったとき、だだっ広い家の床に新聞紙だけ敷いて、みんなが丸く座って飲み食いしてたの。日本の文化ってなんて経済的なんだって感動したよ。そうやって月に1~2回集まっては、インスタントの日本食を食べたり日本の酒を飲んだり、私もネパール料理を作ったりしてワイワイ過ごしてね。日本のことを随分教わったよ」。

輪が広がって、「知り合いが行くからよろしく」と観光案内を頼まれるようになり、テレビや雑誌のコーディネーターや通訳の仕事が増えていった。楽しい仕事だったが、シーズン期には断わらなくてはいけないほど集中する一方で、オフシーズンになるとぱたりと途絶えた。このまま一生続けていいんだろうか。その頃考え始めたのが"日本行き"だ。日本語には自信がある。向こうに行ったら、もっと何とかなるんじゃないか。

一般のネパール人にとって、外国に行くことは夢物語だ。日本人なら毎月ちょこっとずつ貯めれば数年で海外旅行ができる。しかし国の経済力が弱く、平均年収4万円弱というネパールでは、一生かかっても実現できない人が大多数だ。日本関係の仕事をこなしていたチェトンさんは恵まれた環境にあったはず。それでも、外国で働くという目標に向かって、知る限りのつてをたどり実現の道を探った。

ネパールの腕輪

ツーラという、女性が身につける腕輪。色ガラスなどが散りばめられている。

「どっかに仕事ないかな」。以前、ネパールを案内して知り合った人に相談してみた。頼れる人生の先輩と感じていたその人からは、思いがけず「うちで働けば?」との返事。そしてチェトンさんはまもなく長野県の穂高に向かった。
「その人はペンションをやってたの。普通の規模だったけど、一日の仕事は半端じゃない。床拭いて、トイレ掃除して、ベッドメイキングして…」。ペンションのイロハを体に叩き込んだ。 "お客さんを信用する"という大切なことを学んだのも、じつはこの職場だった。「手作りパンとかオリジナルのテレフォンカードとかフィルムとかも売ってたんだけど、すぐ脇にカゴがあってお金がじゃらじゃら入ってた。日本の田舎によくある無人販売方式ね。最初はホントにびっくりしたよ」。

1年の契約を終えたチェトンさんには、新しい夢ができた。それは、故郷のネパールでペンションをやることだ。

故郷の情勢が落ち着いたら、ペンションをやりたい

子どもたちが大きくなり送り迎えが要らなくなった今、チェトンさんは池袋の2号店を、そしてインジュナさんがミルミレを切り盛りしている。朝から晩まで続く厨房の仕事と接客をこなし、家事と子育てに追われる日々だ。
「忙しくて自分の夢を見る暇もないけど、主人の夢は私もいいなと思います」。インジュナさんはテレビで覚えたという滑らかな日本語で話してくれた。

ネパールの人形

右の人形は、シェルパ族、左はネワル族がモデルとなっているという。

残念ながら、夢の実現にめどは立っていない。ネパールの国情が安定していないのだ。王室と政府間の溝が深刻化し、共産党(マオイスト=毛沢東主義者)が強硬に活動するなど、10年以上も政情不安が続いている。その間、観光客はどんどん減り、ホテルやレストランが次々とつぶれた。仕事を失い、生活に行き詰まる人が増え、略奪や誘拐が頻発するようになった。以前は夜中も女性が一人で歩けるような平和な町だったのに、今では日が暮れた途端、外へ出るなと家族が止める。
「国の情勢が落ち着いたら帰ってもいい。まだ不安定で明日どうなるかという感じだけど、何とかなるでしょうって希望持ってやってるよ」。チェトンさんは、長い目でそのときを待っている。

ずっと友達に支えられてきた。もちろん奥さんにも

シャルマ・チェトンさん、インジュナさん来日して15年。その間に家族も増え、店も増えた。無我夢中で頑張ってこられたのも、多くの友達の支えがあったからだ。
「歯医者さんの友達は家族みんなの歯をタダで治してくれて、お客さんまで連れてきてくれる。店にパソコンを置くスペースがないと話してたら、"じゃ、うちを使っていいよ"と言ってくれたお客さんもいる。人づきあいではすごく距離を置く日本なのに、みんな本当に親切。私が外国人だからかもしれないけど、協力してくれる人がたくさんいて本当にありがたい」

去年、ようやく永住権が取れた。その日本で子どもたちは元気に育っている。携帯でゲームをし、合気道を習い、オシャレが好きな姉妹は日本の普通の小学生だ。もし夢がかなったら、そのとき彼女たちも故郷という"外国"に帰るのだろうか。するとインジュナさんが言った。「あと数年で義務教育が終わるでしょ。その頃には大きくなってるし、まぁ何とかなるでしょう」。ネパールの母はしなやかでたくましい。

夫を追いかけて、何にも知らない日本にやってきたインジュナさん。外国に行けるんだから行ってみよう、言葉も文化も食べ物も慣れちゃえばいい、もし問題があればそのとき考えればいい。考えれば考えるほど身動きは取れなくなるものだ。勢いに身を委ねるという生き方も潔い。

夫の尊敬できるところは? と尋ねてみた。「そうねぇ、自分なりにがんばってくれるところかな。家族も大事にしてくれるし、子どもたちも一生懸命世話してくれる。お互いそうやってきたしね」。
馴れ初めを聞くとモジモジしてしまうチェトンさん。妻の素直な気持ちを耳にして、なおのこと照れてしまうのだった。


ネパール料理「ミルミレ」

ネパール・インド料理「ミルミレ」
東京都文京区千駄木2-20-10
電話 03-3824-1418
ランチ  11:00〜16:00(L.O.15:00)
ディナー 17:30〜03:00(L.O.02:00)
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